早河シリーズ第三幕【堕天使】
『彼女にはすべてをお話になってはいかがでしょう。その上で判断を彼女に任せてみては?』
丁重な口調のスコーピオンが莉央の前に真珠色のコーヒーカップを置いた。中に入るものはコーヒーではなくホットミルクのようだ。
『よろしければこちらをどうぞ。ハチミツとジンジャーを入れたホットミルクです』
「ありがとうございます」
スコーピオンが作ってくれたホットミルクを一口飲むと、ハチミツとミルクの優しい甘さと少しピリリとする生姜の風味を感じた。なんだかホッとする味だ。
『スコーピオンの言う通りだね。莉央にはすべてを話そう』
「すべてって、お仕事のことですか?」
『うん。私が何をしているか、莉央には話してもいいと思える』
ホットミルクのカップをソーサに置いて彼女はキングの言葉を待った。壁にかけられた鳩時計の針の音が大きく響く。
鳩時計は童話の絵本で見たことのあるような、アンティークの時計だった。
『私は人殺しなんだよ』
「……え?」
自己紹介で名を名乗るように彼は平然と自分は人殺しだと告げた。
『高校生の時に私は父親を殺している。父の心臓を銃で撃ち抜いてね』
「それは……本当の話?」
『もちろん本当の話さ。私の家系は人殺しの家系。家業が人殺しと言ってもいい。私の父親も14歳で自分の両親、つまりは私の祖父母を殺している』
莉央は放心して何も言えずにキングを見ていた。
『私の仕事は莉央が想像する裏社会、ヤクザのようなものかもしれない。非合法なことも沢山している。君の隣に立つスコーピオンはライフルで何人もの人間を暗殺している。こちらのスパイダーはあらゆるネットワークに忍び込んでハッキングを行うハッカーだ』
人殺し、裏社会、ヤクザ、暗殺、ハッキング。これまで莉央に縁のなかった物騒な単語が羅列する。
『怖い?』
「……驚きはしましたけど怖いとは思いません。私も人を殺したいと思ったことがあります」
その目に宿るのは暗い闇。 闇は闇に惹かれ、二つの闇は溶け合ってさらに深い闇となる。
『その殺したい人間を君は殺した?』
「いいえ……私が殺す前にその人は死にました」
相澤直輝のニヒルな笑いを思い出して莉央はそれを振り切るようにわずかに首を横に振った。
『莉央が殺したい人間はその人だけ?』
この男の言葉には得体の知れない魔力がある。莉央が心の奥底に潜ませて鍵をかけていたものをキングはいとも簡単に解き放つ。
一番許せないのは誰?
一番憎いのは誰?
一番殺したかったのは誰?
一番愛していたのは誰?
「許せない人は……います。憎い人も」
『その人間達を殺さないまま、君は死を選ぼうとしていたのかな?』
殺さないまま……死を……選ぶ?
『その人達を殺したい?』
キングの声が優しく響く。それは愛している、と囁くような響きだった。
スパイダーの打つパソコンのキーボードの音に莉央の意思を持った声が重なった。
「はい。殺したいと思っています」
真っ直ぐにキングを見据える莉央の瞳の奥の黒い闇。この闇だ。
この闇こそキングが求めていたもの、彼が欲しかったもの。
『それなら殺せばいい』
「でも私は臆病なんです。臆病で怖がりで……だから人殺しなんて……」
『ではその人達を殺さずに死を選ぶ? 今、ここで』
キングが黒いスーツの懐から取り出した物は厳《いか》めしい姿をした拳銃だった。初めて目にする銃器に莉央が息を呑む。
人を殺すために作られたその武器を彼は手慣れた仕草で弄んでいた。
丁重な口調のスコーピオンが莉央の前に真珠色のコーヒーカップを置いた。中に入るものはコーヒーではなくホットミルクのようだ。
『よろしければこちらをどうぞ。ハチミツとジンジャーを入れたホットミルクです』
「ありがとうございます」
スコーピオンが作ってくれたホットミルクを一口飲むと、ハチミツとミルクの優しい甘さと少しピリリとする生姜の風味を感じた。なんだかホッとする味だ。
『スコーピオンの言う通りだね。莉央にはすべてを話そう』
「すべてって、お仕事のことですか?」
『うん。私が何をしているか、莉央には話してもいいと思える』
ホットミルクのカップをソーサに置いて彼女はキングの言葉を待った。壁にかけられた鳩時計の針の音が大きく響く。
鳩時計は童話の絵本で見たことのあるような、アンティークの時計だった。
『私は人殺しなんだよ』
「……え?」
自己紹介で名を名乗るように彼は平然と自分は人殺しだと告げた。
『高校生の時に私は父親を殺している。父の心臓を銃で撃ち抜いてね』
「それは……本当の話?」
『もちろん本当の話さ。私の家系は人殺しの家系。家業が人殺しと言ってもいい。私の父親も14歳で自分の両親、つまりは私の祖父母を殺している』
莉央は放心して何も言えずにキングを見ていた。
『私の仕事は莉央が想像する裏社会、ヤクザのようなものかもしれない。非合法なことも沢山している。君の隣に立つスコーピオンはライフルで何人もの人間を暗殺している。こちらのスパイダーはあらゆるネットワークに忍び込んでハッキングを行うハッカーだ』
人殺し、裏社会、ヤクザ、暗殺、ハッキング。これまで莉央に縁のなかった物騒な単語が羅列する。
『怖い?』
「……驚きはしましたけど怖いとは思いません。私も人を殺したいと思ったことがあります」
その目に宿るのは暗い闇。 闇は闇に惹かれ、二つの闇は溶け合ってさらに深い闇となる。
『その殺したい人間を君は殺した?』
「いいえ……私が殺す前にその人は死にました」
相澤直輝のニヒルな笑いを思い出して莉央はそれを振り切るようにわずかに首を横に振った。
『莉央が殺したい人間はその人だけ?』
この男の言葉には得体の知れない魔力がある。莉央が心の奥底に潜ませて鍵をかけていたものをキングはいとも簡単に解き放つ。
一番許せないのは誰?
一番憎いのは誰?
一番殺したかったのは誰?
一番愛していたのは誰?
「許せない人は……います。憎い人も」
『その人間達を殺さないまま、君は死を選ぼうとしていたのかな?』
殺さないまま……死を……選ぶ?
『その人達を殺したい?』
キングの声が優しく響く。それは愛している、と囁くような響きだった。
スパイダーの打つパソコンのキーボードの音に莉央の意思を持った声が重なった。
「はい。殺したいと思っています」
真っ直ぐにキングを見据える莉央の瞳の奥の黒い闇。この闇だ。
この闇こそキングが求めていたもの、彼が欲しかったもの。
『それなら殺せばいい』
「でも私は臆病なんです。臆病で怖がりで……だから人殺しなんて……」
『ではその人達を殺さずに死を選ぶ? 今、ここで』
キングが黒いスーツの懐から取り出した物は厳《いか》めしい姿をした拳銃だった。初めて目にする銃器に莉央が息を呑む。
人を殺すために作られたその武器を彼は手慣れた仕草で弄んでいた。