早河シリーズ第三幕【堕天使】
『莉央が望むなら私が君を殺してあげてもいいよ。それとも自分で死んでみる?』

 ホットミルクのカップの真横にキングが銃を置く。真珠色のカップに入る真っ白なミルクと真っ黒な拳銃の奇妙なコントラストが出来上がった。

『生きるか死ぬか。その人間を殺すか殺さないか、すべてを決めるのは莉央だ』

 莉央は銃を手にするのを躊躇った。表参道の歩道橋の上では躊躇いはなかった。ここで死ぬならそれでもいいと思っていた。
けれど今は死への躊躇いが生じている。

莉央の躊躇いなどキングには透けて見えていた。彼は莉央が死を選ばないと見越してあえて彼女の前に拳銃を差し出した。
莉央の前に置いた拳銃を彼は懐に戻す。

『莉央が生きたいと願うならそうすればいい。もし、生きてその人間達を殺したいと願うなら私が力を貸そう』
「力を貸す?」

 席を立ったキングは莉央の横へ。彼は莉央を見下ろして微笑んでいる。

『これも選ぶのは莉央だ。選択肢は二つ。生きたいと望むが人殺しはしたくないと思うなら、今すぐここから去りなさい。私は二度と君の前には現れないよ。しかしこの道を選択すれば茨の道だ。少女の君がたったひとりで生きていくには、この世界はあまりにも穢《けが》れに満ちている』
「もうひとつの選択は……?」

莉央の前に今度は拳銃ではなくキングの手が差し出された。

『もうひとつの選択は私の隣にいることだ』

差し出されたキングの片手と彼の顔に莉央は視線を走らせた。

『生きて殺したい人間を殺す。そのために私の隣にいること。それがもうひとつの選択。キングにはクイーンが必要だと常々思っていたんだ。……莉央』

 莉央の横に跪《ひざまず》いたキングから目が離せない。夢を見ているような不思議な心地がする。
生きるか死ぬか、殺すか殺さないか。

『どちらを選ぶかは莉央の自由だ。でも君が望むなら、君の居場所はここにあるよ』

(私の居場所……)

 差し出されたキングの右手に莉央は手を添えた。彼はその華奢な手をそっと握って彼女を立ち上がらせる。

『君を助けた本当の理由を教えよう。私は莉央に一目惚れしたんだ』
「えっ……そうだったんですか?」

告白に狼狽して恥ずかしがる莉央を彼は抱き締めた。

『莉央は今日から犯罪組織カオスのクイーンだ』

 そう、一目惚れなんだよ。相澤直輝の婚約者として君を知った時からずっと欲しいと思っていたんだ。やっと君を手に入れた。

 白が黒に染まる。
 闇と闇が惹かれ合い、共鳴する。
 それは破滅? それは幸福?

 蒸し暑い夏の夜、孤独な天使は闇の魔王と出会った。
魔王は天使に囁いた。

『君の居場所ならここにある』


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