君は大人の玩具という。
牧の予想外の発言に、
またもや一番に反応したのは干場だった。
「遮断しなかったら大出血して
患者死にますよ!」
「出血させなきゃいいんでしょ?」
「そんなことできるわけないでしょ!」
「…」
干場が言い切ると、
牧が目線だけを干場に向けた。
そのいつになく鋭い視線に、
思わず干場も言葉に詰まる。
牧は再びにこっと笑って、
浅野と荻原に言った。
「できないと、思います?」
その変貌ぶりには、
さすがの京子も若干引いたが、
これが牧という男だということも知っていた。
浅野は「さすがに怖いけどね」と言って
荻原の反応を待った。
弱腰の浅野に対し、荻原は挑戦的だった。
「勝算があるのか?
患者を死なさず、助ける勝算が」
「ただの持久戦ですよ」
牧は黙って京子の前で手を広げた。
何か細かいものを示したいときに、
牧がいつも使う器械、
モスキートという鉗子を渡す。
牧はそれをまたにこっと
満足気に受け取って、
がんと血管の境目を指した。
「ひたすらに、外膜からがんを剥がす。
主にここと、ここです。
ここ2か所さえ剥がせれば、
あとはなんとかなるでしょう!」
「かなり時間がかかりますね」
「10時間は余裕で超えるな」
浅野の言葉に、荻原が続く。
だが、牧は新谷の方を見て言った。
「大丈夫です。
出血は990、時間は10時間」
「信じていいんですね?」
いつもは眠たそうな新谷が
試すように目を開いて牧に言う。
牧もその視線に答えるように頷いた。
どこまでも自分を追い込み、
壁は高ければ高いほど燃える。
牧の根っからのドM気質に
京子はつくづく感心した。