無愛想な天才外科医と最高難度の身代わり婚~甘く豹変した旦那様に捕まりました~【職業男子×溺愛大逆転シリーズ】
「私はお茶菓子を買ってこいって言っただろう?!それがなんだい、こんな時間までほっつき歩いて!!おまえは自分の立場がよっぽどわかっていないみたいだね!!」

 髪の毛を掴まれ、何度も頭を揺さぶられる。痛いと言えば、さらに酷く折檻されるのはわかっている。だから懸命に歯を食いしばって痛みに耐えた。

 黙って耐え忍んでいると、やがて気が済んだのか、静子は鼻息を荒くしながら由惟を解放した。散々頭を揺さぶられたため、眩暈がする。由惟は堪らず上り框に膝をついた。床には由惟の長い黒髪が何本も散らばっている。

「そんなところでグズグズしてないで、さっさと夕飯の支度をしな!」

 狐目を吊り上げた静子は忌々しげにそう吐き捨て、踵を返していった。

 ノロノロと立ち上がり、ふと靴箱の上に置いてある鏡を見ると、静子とは似ても似つかない垂れ目の自分が虚な目でこちらを見返していた。
 眩暈と痛みで歩くのも億劫だが、のんびりしているとまた静子から叱責を食らってしまう。
 
 靴を脱ぎ、壁つたいで歩きながら階段を上っていると、今度は上から静子の夫・横井良太郎が降りてきた。また会いたくない人に会ってしまった。思わず顔が嫌悪で歪みそうになる。

「おかえり、由惟。遅かったけど何かあったのかい?」

 なるべく視線を合わせないよう俯きがちで会釈をしてすれ違おうとしたが、呼び止められてしまった。由惟は渋々立ち止まり、頭を下げる。
 
「いえ。遅くなってすみません……」
「顔色が悪いが、どこか怪我でもしてるんじゃないか?うん?」

 ねっとりと舐めるように由惟の全身を眺め回す横井の眼差しに鳥肌が立つ。しかもさりげなく尻を撫でられ、嫌悪のメーターがマックスまで振り切れた。

 由惟はすぐさま駆け出し、逃げるように自分の部屋へと飛び込んだ。後ろ手で鍵を閉めた途端、腰が抜けてその場にうずくまった。
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