無愛想な天才外科医と最高難度の身代わり婚~甘く豹変した旦那様に捕まりました~【職業男子×溺愛大逆転シリーズ】

予感と鼓動

「また、帰ってこないのかな」

 自分の声が、やけに大きくキッチンに響いた。
 すっかり冷えてしまったお皿の上の鶏の照り焼きを前に、由惟は何度目か分からないため息をついた。

 真紘の家に住み始めて、もう二週間が過ぎた。その間、真紘と顔を合わせたのは最初の一日だけ。それ以来、真紘は帰っていない。何度か連絡をしてみたけれど返信はなく、みどりから聞いた話では、彼は病院の仮眠室にずっと寝泊まりしているらしい。

 一日二日ならただ忙しいだけだと納得できた。だがそれが十日以上も続くと、さすがに避けられているのだとわかる。

 間違いなく由惟の失態のせいだ。
 真紘と打ち解けたい。そう伝えたくせに、自ら真紘を拒んでしまった。
 翌朝、怖がらせるつもりはなかったと謝ってくれたけれど、それは彼が理性的でまともな人間だからだ。きっと本心では気分を害していたに違いない。由惟を遠ざけようとするのも当然だった。

 真紘との同居期間は半年間。それまでに穂乃花の印象をなんとか良くしたい。だから挽回するチャンスを得ようと毎日真紘の帰りを待っていたけれど、そもそも会えないのだからどうしようもない。

 焦りばかりが募ってもどかしさを感じていたが、同時に心配にもなってくる。
 仮の睡眠を行うだけの部屋が快適とは思えない。そんな部屋で長期間暮らしていて、体は大丈夫なんだろうか。

「私、出て行った方がいいのかも……」

 穂乃花の代わりに真紘と距離を縮めたいとは思っているけれど、真紘の健康を害してまで果たすべきものでもないだろう。

 自分のせいで誰かが苦しむのは嫌だ。これまで辛酸をなめる生活を送ってきたからこそ、自分がその辛酸にはなりたくなかった。

(明日、成澤さんに連絡しよう……)

 今日はもう夜も遅い。連絡をするには非常識な時間だ。出ていくにしても鍵は返さなければならないし、準備も必要だ。
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