早河シリーズ第四幕【紫陽花】
『それが次第にエスカレートして先週は事務所のスタッフがバイクに轢《ひ》かれそうになり、スタッフの自宅に無言電話がかかってきたりと人的被害が出始めている』
『嫌がらせが始まったのはいつ頃?』
『玲夏に映画主演のオファーが来たのが4月末頃、嫌がらせはその直後の5月……ゴールデンウィーク頃から始まった。極めつけが君に見せたあの手紙だ』

 1通目の手紙の消印は5月8日だった。嫌がらせが開始したタイミングと一致する。

『玲夏の映画主演を快く思わない人物が嫌がらせをしているかもしれないと?』
『ああ。手紙の差出人と嫌がらせの人物は同一人物ではないかとも私は思っていてね。……山本くん、明日の玲夏のスケジュールは?』

吉岡が背後に控える沙織に尋ねた。沙織は手に持つ手帳を開いて玲夏のスケジュールを確認する。

「明日は午前に女性誌の表紙撮影とインタビューが1件、午後には新春スペシャルドラマのクランクインです」
『そうか。クランクインは明日か……』

吉岡はなぎさに目を留めた。

『早河くん。君の助手さんを玲夏の付き人としてしばらくお借りしても構わないかな?』
『……は?』
「……え?」

 早河となぎさは同時に驚きの声を発した。吉岡は顎の下をさすりながら、なぎさを見つめている。

『明日、玲夏がクランクインするドラマの現場は共演者のメンバーが厄介者揃いなんだ。正直に言えば、共演者達の中に嫌がらせの犯人がいると考えている。断言はできないが、玲夏と折り合いが悪い人間が関係者に数人いるのは確かだ』
『それでどうして香道を……?』
『君が玲夏の側にいれば何かと目立つ。どこで変な噂が立つかもわからない。君にしても玲夏との過去が公にされる事は好ましくないだろう。君に女性の助手がいると聞いた時から考えていたんだが、香道さんは玲夏の付き人に最適だ。玲夏の付き人として不穏な動きをする人間を探ってもらえないかな?』

 吉岡に微笑まれてなぎさは答えに窮する。突飛な提案に困惑するなぎさは早河に助けを求めた。彼はじっと吉岡を睨み付けて何かを思案していたが、やがて諦めた顔で肩をすくめた。

『なぎさ、お前次第だ。中途半端な覚悟じゃこの仕事はできないぞ』

早河となぎさはアイコンタクトを交わす。本当は止めて欲しいと早河の瞳が言っている気がした。

芸能人の付き人をした経験はない。それもただの付き人ではない。付き人のフリをして犯人を探る重大な任務がある。責任も伴う。

(吉岡社長はやれと言うし、所長は止めて欲しそうだけど口には出さない。全部、私次第……)

「わかりました。私、やります」

 なぎさは吉岡の提案を了承した。玲夏と接してみて、玲夏の飾らない人柄に好感を抱いた。彼女が困っているのなら助けたい。

大丈夫。早河がついていてくれる。そう思うだけで心強かった。

 なぎさが玲夏の付き人としてドラマの関係者で不審な動きをしている者がいないか探り、早河は別口から手紙の差出人と事務所への嫌がらせの犯人を探る方針で話はまとまった。
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