早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
 美月はよく気が利く、勘のいい人だが恋愛方面には疎いようだ。

『けど、片想いで終わりそうだよ』
「告白しないんですか?」
『告白しても振られるのわかりきってるから』
「そんなの、言ってみないとわからないじゃないですか!」
『そう思う?』
「はい。言わないと気持ちは伝わりませんよ」

彼女のあまりの鈍感さに笑いを堪えきれず、松田は吹き出した。きょとんとした顔で美月は首を傾げる。

「先輩? 私、何か笑えること言いました?」
『あー、ごめん、ごめん。可愛いなーと思ってね。俺の好きな人は今、目の前にいるんだよ』
「目の前って……え?」

 美月は躊躇いがちに自分自身を指差した。松田が頷く。
返す言葉が見つからない美月は目を泳がせている。

『ほら、困ってる。だから言っただろ? 振られるのわかりきってるって』
「えっと……あの……いつから……?」
『浅丘さんがミス研入ったばかりの頃。1年前だね。言ってみれば一目惚れ……だな。でも会員達の話の中で君に彼氏がいるって知って、それなら諦めようと思ってたんだ。……さっきまでは』

 松田が飲むアイスコーヒーの氷がグラスの中で涼やかな音を立てた。周りの雑音も聴こえなくなり、美月には松田の声だけが届く。

『彼氏との仲は普通って答えた時の浅丘さん、何か悲しそうに見えた。休学してる間に彼氏と何かあった?』

こちらに向けられる視線に、彼にすべてを見透かされている気分になった。隠し事を知られてしまった時の居心地の悪さ。

『ごめん。言いたくないよね。だけど浅丘さんと彼氏の仲がどうなっているのかって俺にも重要なことなんだ。もし彼氏との関係が上手くいっていないなら、君には酷いが俺にはラッキーなこと。少しでも希望が持てるからね』

 何も言えない美月の心を察した松田はさっと話題を切り替えた。サークルのことを話す彼はこれまで通り、何事もなかったように美月に接している。

けれど、美月はあの告白を聞かなかったことにはできなかった。聞いてしまえば、知ってしまえば、知らなかった時にはもう戻れない。

 カフェを出ると、夕暮れの空が二人を迎えた。夕暮れの太陽はどうしてこんなに切ない色をしているのだろう。
関東の梅雨明けの予報は今週中だ。早ければ明日にも夏の訪れの知らせがあるかもしれない。

『俺の告白は気にしなくていいよ。元々言うつもりもなかったことをつい、ね。言ってしまっただけなんだ』
「先輩、私……」

何かを言いかけて口をつぐむ美月に松田は優しい笑みを返す。夕暮れの青山通りを二人並んで渋谷駅まで歩いた。

『童話よりも遥かに現実の方がアンフェアだよな……』

 松田の小さな独り言は夏の匂いを含む風に乗って、街の雑音の中に消えた。
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