早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
7月12日(San)
木村菜摘《きむら なつみ》はラベルを貼ったプラスチック製のタッパーを冷蔵庫に積み重ね、冷凍庫には先ほど購入してきたアイスを入れた。
彼女はキッチンからリビングを覗く。
「隼人ー。すぐに食べられる物、小分けにして冷蔵庫に入れてあるからね」
『あー。サンキュー』
ソファーに気だるげに座る弟の木村隼人からは気のない返事が返ってきた。本当にこちらの言うことが聞こえているのか甚《はなは》だ疑問だ。
彼女は冷房の効いたリビングに踏み込んだ。ここは隼人の独り暮らし先の大田区のマンション。
先月中旬に隼人は元恋人に腹部を刺されて生死の境を彷徨った。退院してしばらく実家で療養していたが、今日からまた独り暮らしに戻る。
「仕事、来週から復帰するんでしょ? まだ完全に治ってないんだから無理しないでよ」
『わかってる』
退院した日から隼人はどこか上の空だ。傷の痛みのせいもあるだろうが、きっとそれだけではない。
「こっち帰って来てさっそく美月ちゃん呼んでいちゃついてもいいけど、傷に影響しない程度にほどほどにね?」
『何考えてんだアホエロ姉貴』
「美月ちゃんに会いたいくせにー。今からお姉ちゃんが呼んであげよっか?」
『美月は今日は勉強してるから邪魔するなよ。休学した分の課題を大学の図書館で片付けるって言ってた』
からかえばいつもの毒舌も健在。何も心配はいらないのに、菜摘は腑抜けた隼人の様子がどうにも気掛かりだった。
「ああ、そっか。そうだよね。復学したのはいいけど美月ちゃんも大変だ。隼人がしっかり支えてあげなさいよ」
『痛っ! 仮にも医大の研究員が怪我人叩くかよっ』
菜摘が隼人の肩を勢いよく叩き、隼人は顔をしかめて叩かれた肩をさする。
「何言ってるの。もう治ってるでしょ」
『さっき完全に治ったわけじゃねぇって言ったのはどこのどいつだ』
恨めしそうにねめつける隼人の視線を笑ってかわして、菜摘は玄関に向かう。渋々見送りに出てくれる隼人に言いたいことは山ほどあるが、彼女はそれをぐっと堪えた。
(私が口を出すことじゃないからね。それにしても私はどうして隼人や翼のことになると勘が働くのかしら)
もしも隼人と美月の間に何かがあったとしても、それは自分が立ち入れる問題ではない。二人の弟の様子には敏感なのに、自分のことになると鈍感になるのは困り者だが。
隼人の部屋を出た菜摘は肩を落として通路を歩き、エレベーターの呼び出しボタンを押した。
木村菜摘《きむら なつみ》はラベルを貼ったプラスチック製のタッパーを冷蔵庫に積み重ね、冷凍庫には先ほど購入してきたアイスを入れた。
彼女はキッチンからリビングを覗く。
「隼人ー。すぐに食べられる物、小分けにして冷蔵庫に入れてあるからね」
『あー。サンキュー』
ソファーに気だるげに座る弟の木村隼人からは気のない返事が返ってきた。本当にこちらの言うことが聞こえているのか甚《はなは》だ疑問だ。
彼女は冷房の効いたリビングに踏み込んだ。ここは隼人の独り暮らし先の大田区のマンション。
先月中旬に隼人は元恋人に腹部を刺されて生死の境を彷徨った。退院してしばらく実家で療養していたが、今日からまた独り暮らしに戻る。
「仕事、来週から復帰するんでしょ? まだ完全に治ってないんだから無理しないでよ」
『わかってる』
退院した日から隼人はどこか上の空だ。傷の痛みのせいもあるだろうが、きっとそれだけではない。
「こっち帰って来てさっそく美月ちゃん呼んでいちゃついてもいいけど、傷に影響しない程度にほどほどにね?」
『何考えてんだアホエロ姉貴』
「美月ちゃんに会いたいくせにー。今からお姉ちゃんが呼んであげよっか?」
『美月は今日は勉強してるから邪魔するなよ。休学した分の課題を大学の図書館で片付けるって言ってた』
からかえばいつもの毒舌も健在。何も心配はいらないのに、菜摘は腑抜けた隼人の様子がどうにも気掛かりだった。
「ああ、そっか。そうだよね。復学したのはいいけど美月ちゃんも大変だ。隼人がしっかり支えてあげなさいよ」
『痛っ! 仮にも医大の研究員が怪我人叩くかよっ』
菜摘が隼人の肩を勢いよく叩き、隼人は顔をしかめて叩かれた肩をさする。
「何言ってるの。もう治ってるでしょ」
『さっき完全に治ったわけじゃねぇって言ったのはどこのどいつだ』
恨めしそうにねめつける隼人の視線を笑ってかわして、菜摘は玄関に向かう。渋々見送りに出てくれる隼人に言いたいことは山ほどあるが、彼女はそれをぐっと堪えた。
(私が口を出すことじゃないからね。それにしても私はどうして隼人や翼のことになると勘が働くのかしら)
もしも隼人と美月の間に何かがあったとしても、それは自分が立ち入れる問題ではない。二人の弟の様子には敏感なのに、自分のことになると鈍感になるのは困り者だが。
隼人の部屋を出た菜摘は肩を落として通路を歩き、エレベーターの呼び出しボタンを押した。