早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
 比奈以外の友人達は残っている講義やバイトがあるため先に学食を去った。彼女達から貰った誕生日プレゼントの入る袋を大切に椅子の上に置き、美月と比奈は一息つく。

「こら。麻美達の前で無理することないのに、作り笑いして」

比奈のデコピンを食らった美月は額を押さえてテーブルに顔を伏せた。

「だってー。みんなにはあんまりカオスのこと言いたくないし、私と佐藤さんのことも知らないから……」

 隼人が入院していたことや、例の事件の顛末を知るのも比奈だけだ。職場復帰をしたばかりの隼人が美月の誕生日の準備どころじゃないことはわかっている。
サプライズ、指輪、婚姻届、そんなものを期待してはいけない。

 美月が何に悩んでいるのか、本当のことを知るのも比奈しかいなかった。

「私だって、佐藤さんのこと直接は知らないけどさー。3年前当時を知ってるってことはあるか。夏が来れば思い出すー……ってやつよね」

ケーキの余りを頬張る比奈が童謡の夏の思い出のフレーズを口ずさむ。

「ひーなぁー。歌わないでよぉ」
「あははっ。ごめん、ごめん。今年は佐藤さんのことと、隼人くんの……リオって女のこととのダブルパンチだもんね。そりゃあ落ち込むわ」

 テーブルから顔を上げた美月もプラスチックのフォークを取ってケーキを口に入れた。今日は家に帰ってからも両親が用意してくれたケーキが待っている。
今日だけはダイエットは封印だ。

「なんか……もうわけわかんない。隼人がリオって人と関わったのは私が原因で、しかもその人は佐藤さんが入ってた組織の幹部だって言うし……」
「おお、ここでも佐藤さん登場かぁ。お父さんから聞いたけど、そのカオスってとこ、かなりヤバめの組織らしいね。今までに起きた色んな殺人事件を裏で操ってるとか。とにかく関わらないのが一番だって」

比奈の父親は警視庁組織犯罪対策部の石川警部だ。学食は人も少なくなってきたが、話の内容を考慮して二人とも声のトーンは低い。

「上野さんもそう言ってた。そんな組織に佐藤さんはいたんだよね。私が前に会ったキングはカオスのトップで佐藤さんの上司ってことになって……。キングは私と佐藤さんのこと全部知ってたんだと思う。あの人は知ってて、私に黙ってたの」
「キングとクイーンかぁ。美月も隼人くんも大変な人達に目を付けられちゃったね」

 比奈がそこで視線を上げた。彼女は向かいに見える自販機で飲み物を買う人物と目が合った。

「比奈?」
「ね、あの人……美月の知り合い? さっきからこっち見てるの」

比奈に聞かれて視線を上げた美月はその人を見て小さな声をあげた。男が缶コーヒーを片手に歩いてくる。

「知ってる人?」
「サークルの先輩」

比奈に耳打ちしている間に男がすぐそばに現れた。松田だ。

『浅丘さん、今日誕生日なんだね。おめでとう』
「ありがとうございます」

 松田とは7月後半のミステリー研究会の会合で顔を合わせている。しかし二人で話をするのはイベントの下見で水族館に行ったあの日以来だ。あの日に借りた彼のハンカチをまだ返せずにいる。
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