早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
 里奈の自宅は元職場がある銀座七丁目からそう遠くない中央区のオートロックマンション。近隣の住民に怪しまれない位置に車を停め、二人はマンションまで歩いた。

『いい暮らししてたみたいだな。高そうなマンションだ』

 赤いレンガ造りのマンションは五階建てだった。里奈の部屋は三階。エントランスの呼び出しボタンの前で早河は立ち止まり、彼は躊躇なく305号室の呼び出しボタンを押した。

留守か在宅の確認をするだけだ。もしも本人が在宅ならば営業のサラリーマンを装って適当な名前を言って人違いだと誤魔化せばいい。305号室の応答はなかった。

「留守?」
『……か、居留守か。留守の方に賭けるとするか』

幸いなことに管理人のいないマンションだったがいつまでもエントランスに長居をするのは住人に怪しまれる。早河となぎさは車に戻った。

「これからどうします?」
『部屋に入る』

 平然と答えた早河の言葉になぎさの思考は停止した。

「部屋って……入っちゃうんですか?」
『入るなら本人が留守の今しかない』
「いやいや、所長。元刑事でもそれは……。普通に犯罪ですし、第一、鍵もないのにどうやって入るんですか?」
『助っ人を呼べばいい』

早河は携帯電話を片耳に当てている。彼が妙に楽しそうな顔をしているのはなぎさの気のせいではない。

「助っ人ってまさか……」
『そのまさか。矢野くんは何でも屋だからな。……ああ、俺。……は? お前ふざけんなよ。誰がオレオレ詐欺だアホ。……いいか、今から言う場所にすぐに来い。そう、それと、持ってきて欲しいものがある』

(助っ人ってやっぱり矢野さんの事かぁ。所長って矢野さんにはドSだよね。でも矢野さんはあれで喜んでるし、矢野さんがMなのかな)

 電話の向こうで矢野の嘆きの顔を想像すると可笑しくなって、なぎさは笑えてきた。
なんだかんだで、探偵の助手の仕事が楽しくなってきている自分がいた。
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