早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
 現場となった横浜のビジネスホテルを出た小山真紀は、指定された横浜市内の24時間営業のファミレスに入った。

深夜だが都会のファミレスは賑わっている。すぐそこのビジネスホテルで殺人事件があったと言うのに呑気なものだ。

「いつも思うけど、あなたの情報の速さには驚くわ……。まさか私の携帯を盗聴でもしてるんじゃないでしょうね?」

 奥の席に矢野一輝がいた。矢野は目玉焼きが乗った大きなハンバーグを食べている。
見ているだけで胃もたれしそうなボリュームだ。

『盗聴なんて素敵なことしなくても、マジシャン矢野くんの本職は鍵屋さんじゃなくて情報屋さんだからね。これくらい朝飯前』
「何の話? 鍵屋さんって?」
『こっちの話。それで青木渡、どんな感じだった?』
「私は遺体写真しか見ていないけど、頭を一発。確実に仕留めてる」

 物を食べながらする話ではないことは互いに重々承知している。遺体だの、仕留めるだの、ファミリーレストランでそんな物騒な会話をしているのはこの二人だけだ。

『カオスの上層部が始末したか』
「多分ね。それに青木のパソコンと携帯のデータが全部破壊されていた。カオスのいつものやり口よ。もうこの展開にはうんざり」

 真紀は店員を呼んでチョコレートパフェをオーダーした。矢野も追加のコーヒーを頼む。
オーダーを受けた店員が下がるまでの間に、矢野のハンバーグは半分も減ってしまった。

「青木はホテルに女と一緒に入ったらしいの。部屋から女の髪の毛が見つかってる」
『女って佐々木里奈?』

真紀は難しい顔でかぶりを振った。

「わからない。佐々木里奈だとしたら彼女が青木を殺して逃げたってことになる」
『佐々木里奈にそんなことができるのかねぇ。殺ったのはプロなんだろ?』
「それは間違いない。素人とは明らかに違うもの。佐々木里奈が銃の扱いに慣れていたとは思えないから、殺したのはカオスの上層部じゃないかって見方が有力」

 真紀のパフェと矢野のコーヒーが同時に運ばれてきた。矢野が完食したハンバーグの皿が下げられ、彼は水を飲んで一息つく。

「佐々木里奈を捕まえれば、一連の事件に青木がどこまで関与しているのかもハッキリする。彼女を重要参考人として手配することが決まったよ」
『佐々木里奈は必ず木村隼人の前に現れる』
「どうしてそう思うの?」
『マジシャン矢野くんの勘』

 真紀は呆れた顔で吹き出した。彼は先週から続くマジシャンネタが気に入っているようだ。
矢野がマジックをするところを見たことがないが、キザなペテン師と言われると確かに見えなくもない。

「またそのセリフ? いい加減、聞き飽きたんだけど」
『聞き飽きるくらいに俺と一緒にいるってことだろ?』

 矢野が手を伸ばして真紀の口についたパフェのチョコクリームを指で拭う。放心状態の真紀はクリームのついた指を官能的に舐める彼を見つめていた。

『おお、これが真紀ちゃんの味か』
「……ばっかじゃないの!」
『ご馳走さま』

満足げに微笑む矢野を見ていると無性に恥ずかしくなってきた。

「ご馳走さまじゃない! 変態!」
『照れてる真紀ちゃん、かーわーいーいー。なんでそんなに照れてるの? 俺は口についたクリーム舐めただけだよ? 真紀ちゃんを食べたわけでもないのに』
「いやらしいこと言うな! アホ! 変態! ハゲ!」
『変態は事実だけどハゲは酷い……まだこんなにフサフサしてるよ……』
「変態も否定してよね!」

 他愛のない会話を繰り返す夜が楽しいと思えることを、人は“幸せ”と呼ぶのだろう。
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