早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
『お前がアゲハなのか?』
「そうよ。私がアゲハ。隼人を取り戻すために蝶になったの」
里奈は隼人に抱き付いた。アゲハと認めた彼女を抱き締める腕はない。
アゲハは美月を苦しめた張本人だ。そんな女を愛しいとも思えない。
「隼人……私のところに帰って来て」
『それはできない』
「今日だけ。今夜だけでいいの。私のものになって? そうしたら私、警察に行くから」
里奈の言葉をどこまで信用すればいいかわからない。こんな事態を引き起こした人間の言葉を信用できない。
今夜だけ里奈を抱くこともできなかった。そこに愛がないからだ。
里奈がこうなってしまったのは自分に責任がある。これは女心を弄んだ報いだろう。
だが美月を傷付けた里奈を許すことは一生できない。
『俺が愛してるのは美月だけだ。お前とは戻れない』
里奈が沈黙した。静かな時間が流れている。東屋の外側は嵐だった。東屋の屋根の上で雨が踊る。
隼人がスーツのポケットの携帯電話を掴んだのと、里奈が隼人の背に回した手に持つバッグから折り畳みナイフを取り出したのはほぼ同時だった。
「私のものにならないのなら……死んじゃえば?」
銀色の刃先が隼人の腹部を突き刺した。短い呻き声を上げた隼人の身体がぐらっと揺れる。
『……里奈……お前……』
ナイフを引き抜いた刹那、返り血を浴びた里奈が笑う。血を滴らせたナイフからは赤い雫がポタポタ落ちた。
腹部を押さえる隼人の顔は痛みに歪み、彼のシャツはみるみる赤く染まった。
「私のものにならない隼人なんていらないの。これが私から隼人を奪った浅丘美月への最大の復讐よ。そうよ、隼人がいなくなっちゃえばいいのよ!」
里奈の狂った笑い声も遠くに聞こえる。
呼吸が荒くなり、隼人は膝から崩れ落ちた。濡れた木や土の香りと血の臭いが混ざり合っている。
嫌な質感の生暖かいものが流れ出て、傷口を押さえた手を赤く濡らした。
(美月……)
美月とは11日に会ったのが最後だ。今週末に美月に会いに静岡に行く予定をしていた。こんなことならもっと早く静岡に行けばよかった。
“気を付けて” 寺沢莉央の忠告の言葉の意味を今さら知った。
(そうか……あの女が言っていたのは……こういうことだったのか……)
里奈の笑い声と雨の音も隼人の耳に届かない。彼の意識はそこで途切れた。
「そうよ。私がアゲハ。隼人を取り戻すために蝶になったの」
里奈は隼人に抱き付いた。アゲハと認めた彼女を抱き締める腕はない。
アゲハは美月を苦しめた張本人だ。そんな女を愛しいとも思えない。
「隼人……私のところに帰って来て」
『それはできない』
「今日だけ。今夜だけでいいの。私のものになって? そうしたら私、警察に行くから」
里奈の言葉をどこまで信用すればいいかわからない。こんな事態を引き起こした人間の言葉を信用できない。
今夜だけ里奈を抱くこともできなかった。そこに愛がないからだ。
里奈がこうなってしまったのは自分に責任がある。これは女心を弄んだ報いだろう。
だが美月を傷付けた里奈を許すことは一生できない。
『俺が愛してるのは美月だけだ。お前とは戻れない』
里奈が沈黙した。静かな時間が流れている。東屋の外側は嵐だった。東屋の屋根の上で雨が踊る。
隼人がスーツのポケットの携帯電話を掴んだのと、里奈が隼人の背に回した手に持つバッグから折り畳みナイフを取り出したのはほぼ同時だった。
「私のものにならないのなら……死んじゃえば?」
銀色の刃先が隼人の腹部を突き刺した。短い呻き声を上げた隼人の身体がぐらっと揺れる。
『……里奈……お前……』
ナイフを引き抜いた刹那、返り血を浴びた里奈が笑う。血を滴らせたナイフからは赤い雫がポタポタ落ちた。
腹部を押さえる隼人の顔は痛みに歪み、彼のシャツはみるみる赤く染まった。
「私のものにならない隼人なんていらないの。これが私から隼人を奪った浅丘美月への最大の復讐よ。そうよ、隼人がいなくなっちゃえばいいのよ!」
里奈の狂った笑い声も遠くに聞こえる。
呼吸が荒くなり、隼人は膝から崩れ落ちた。濡れた木や土の香りと血の臭いが混ざり合っている。
嫌な質感の生暖かいものが流れ出て、傷口を押さえた手を赤く濡らした。
(美月……)
美月とは11日に会ったのが最後だ。今週末に美月に会いに静岡に行く予定をしていた。こんなことならもっと早く静岡に行けばよかった。
“気を付けて” 寺沢莉央の忠告の言葉の意味を今さら知った。
(そうか……あの女が言っていたのは……こういうことだったのか……)
里奈の笑い声と雨の音も隼人の耳に届かない。彼の意識はそこで途切れた。