早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
 雨の降る街を寺沢莉央を乗せた車が駆け抜ける。

「スパイダーにアゲハの携帯のGPSを追跡させて正解だった。やっぱり木村隼人に会いに行ったのね」

莉央の膝に乗るノートパソコンには大田区の地図が表示されている。マークが点滅する場所は隼人の自宅が近い。

『間に合うといいんですが』

 運転席にはサングラスをかけた佐藤瞬がいる。一昨日は静岡、昨日は横浜、中国から帰国してから仕事続きで佐藤は休む暇もない。

 里奈のGPSが移動した。隼人の自宅から程近い公園でGPSが停まる。この時間帯は隼人の帰宅時間と一致する。莉央は嫌な予感がした。

 数分後、公園の手前で車を停めた。二人は傘を差して暗がりの道を急ぎ、目的の公園に入った。
雨音に混ざって甲高い笑い声が聞こえる。慎重に歩を進める莉央の目に飛び込んできたのは彼女が予期した最悪の展開だった。

東屋に倒れる隼人の側でナイフを手にしたアゲハこと、佐々木里奈が立っている。里奈の精神は普通の状態には見えず、公園に入ってきた莉央と佐藤の存在にも気付かない。

「殺さないようにね。手加減して」
『わかっています』

 佐藤が里奈の背後に素早く回り込み、彼女にスタンガンを当てて気絶させた。ナイフは背後に回り込んだ時点で回収済み、仕事の早い男だ。

 莉央は隼人に駆け寄った。まだ脈はある。彼女は血まみれのシャツを引き裂いて腹部の傷口の状態を確かめた。出血が酷く、辺りは血の海だ。

「大丈夫よ。あなたを死なせたりしないから」

 持参した応急セットから大量のガーゼを出して傷口を止血する。隼人の血を吸ったガーゼはすぐさま赤く染まり、莉央の手も血に染めた。

佐藤に補助してもらいながら莉央は傷口の止血を続ける。何枚も何枚も、血の吸ったガーゼが床に投げ捨てられた。

『とりあえずはこれでいいかと。あとは警察に任せましょう』
「ええ。携帯、上野警部に繋げて」

 非通知設定にした携帯電話が上野恭一郎の番号に繋がる。佐藤が莉央の片耳に携帯を当てた。

「上野警部ですね?」
{どなたです?}
「大田区の馬込児童公園に向かってください。救急車もお忘れなく。木村隼人が佐々木里奈に腹部を刺されて倒れています」
{おい、君はまさか……}
「馬込児童公園ですよ。大至急、手配をお願いしますね」

 もう一度場所を伝えて通話を切った。血を拭った手を隼人の頬に添える。体温はかなり低くなっていた。
彼女は自分の羽織っていた上着を隼人の上にそっとかけた。少しでも体温の低下を抑えたかった。
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