水晶によって選ばれた私はお飾りの妻です
15.
 嵐のようなフェルナンドが去った後、私たちの間には沈黙が流れた。
 戻る方法が見つかったことを喜べばいいのか。けれどそうしたら今のようにこうして一緒には過ごせないのだろうなと考える自分もいる。
 こんな時はどうするべきかと首を二、三と掻いて出たのはありきたりな言葉。
 
「……ユーリス、ご飯にしよっか」
「うん」
 こんな時はご飯である。
 もうすぐお昼ご飯の時間だし。
 
「お昼はカレーだって。昨日、花壇で採れたニンジンとジャガイモ渡しといたから、きっとお野菜ゴロゴロカレーだよ」
「えっ、ニンジン、ですか……」
「嫌い?」
「……うん」
「そうなの? 大っきいユーリス、ジャガイモとニンジンが好きって言ってたからてっきり……。それじゃ、ニンジンは私が食べてあげる」
 弟妹なら何としても食べさせるところだが、相手はユーリスである。好き嫌いは良くないが、大人になった彼が好きなものを今無理して食べさせて嫌いにさせるのも悪い。
 
「……大人の僕が、ニンジンを好きって言ったんですか?」
「うん。甘くて好きなんだって」
「ニンジンが甘い?」
「物にもよるけど、今日調理してもらうニンジンは甘いやつだよ」
「そう、なんですか? ニンジンが甘い……」
「一つ食べてみる?」
「はい!」
 
 なんていい子なんだろう……。
 子どもがみんなこの子みたいだったら野菜を食べさせるのにあんなに苦労しないのに!
 
「美味しい!」
「良かった良かった」
 大量のルーの中にちょこんとニンジンを乗せたスプーンを頬張ったユーリスはその味が大層気に入ったそうで、ニンジンの存在だけを避けるということなく手を進めていった。
 
 さすがは大人のユーリスが選んだ品種である。
 本当に野菜って同じ種類のものでも品種によって全然味が違うから、これが甘みの強い種でなければ嫌がられる可能性もあった。例えカレーという子どもが大好きな食べ物に混ぜたとしても気づかれる場合はあるのだ。実際に弟の1人がそうだった。子どもの苦手な物センサーは異常なのだ。おそらく私も相当両親に苦労させていたのだろう。そう思うと少しだけ申し訳がなく思えてくる。
 
 
 その後、一緒に花壇を世話するユーリスは野菜の世話も積極的にするようになった。
 よほどニンジンがお気に召したらしく、他の野菜にも興味が出てきたらしい。
 トマトはちょうど赤く熟したものがあったのでもぎって渡してあげると口の端を汚しながら頬張ってくれた。
「美味しい?」
「はい!」
 作り手冥利につきるその笑顔からトマトの汁を拭ってあげると、ユーリスはキラキラと私の背後のトマトを見つめる。
 
「……もう一個食べる?」
「いいんですか!?」
「うん、どうぞ」
「ありがとうございます!」
 
 こうしてみると他の子どもとなんら変わりはない。

 ユーリスを見るたびに弟妹と重ね、そして大人のユーリスが思い起こされる。
 たった数日とはいえ、もうすでに大人のユーリスよりもずっと長い時間を過ごしている。けれど、ふとした瞬間に彼が居なくて寂しいと思ってしまう。

 恋人でも愛し合った夫婦でもないというのに……自分でも不思議な感覚だ。



 その夜は何故だか妙に暑くて、ベッドから起き上がると首筋にはベッタリと汗が這っていた。喉もへばりつくようにとはいかないまでも、渇きを訴えている。
 お水でも貰いに行こう。
 そう決めてじんわりと蒸し暑く、暗い廊下を壁伝いに歩いていると、ゔぅ、ゔぅっとうめき声が耳を刺激した。
 もしやこの屋敷、オバケでも出るのか!と身を壁に寄せて固める。けれどふとこの、短く、けれど断続的に続くその声には聞き覚えがあるような気がした。

 幼い子どもの、ユーリスのものだと分かった時には目の前が暗いことなど忘れて走り出していた。
 ユーリスの部屋などもうこの数日で行き慣れたものだ。

「ユーリス!」
 大人の時なら常識を疑われそうなものだが、今はそんなこと気にしている場合ではないとノックもせずにユーリスの部屋へと突入する。
 何かが肌をビリっと刺激するのは不法侵入者避けのような何かなのだろう。『魔法』というのがイマイチどんなものなのか分かっていない私が考えたところでわかるものではない。

 そんな若干ヒリつくなぐらいの刺激を気にするよりも大事なのはユーリスだ。
 
「ユーリス、大丈夫!?」
 ベッドに駆け寄り、見つけたのは額に大量の玉のような汗を浮かび上がらせたユーリスの姿だった。布団から少しだけ出た首元のパジャマはピタリと身体に張り付いている。
 
「ユーリス、ユーリス」
 未だうめき声をあげるユーリスを揺さぶるが、一向に起きる様子はない。
 ならばせめて安心して眠れれば、と頭を撫でてやる。
 私にはこれくらいしか出来ないが、身体が弱った時にこうしてやると弟妹達はいつもグッスリと寝てくれていた。
 
 撫でていると次第にその小さな口から痛々しい声が刻まれることはなくなる。……代わりに寝返りを打ったユーリスにガッチリと腰をホールドされてしまった。

 これでは食堂に水を貰いに行けないのだが……まぁいっか。
 ユーリスを撫でる手の先が痺れたようにビリリと痛むのが脱水の初期症状ではないと信じたい。
 
 暗い闇夜の下から柔らかな光が漏れてくるのが窓から見える。
 もうじきユーリスを苦しめていた夜も明けることだろう。
 
 ユーリスが起きたらその時は……とりあえず2人で水分補給をしっかりしたいと思うのだった。


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