水晶によって選ばれた私はお飾りの妻です
16.
「ル、ルピシアさん!? な、なんで……ここに?」
 つい寝てしまっていたらしい私を起こしたのはひどく驚いたらしいユーリスの声だった。
 
「ん? おはよう、ユーリス」
 まだまだくっついていたいとワガママを訴える瞼を強引に開き、ユーリスの頭を撫でてやる。あの後もうなされていないか心配だったが、すっかり汗は引いているし、寝起きでこれだけ元気な声をあげられるなら大丈夫だろう。
 
 だが1つだけ心配なことがある。
 
「ルピシアさん?」
「とりあえずユーリス、お水のみにいこう」
 
 脱水だ。
 あれだけ汗をかいていたのだ。体内の水分も減っているに違いない。……というか私の喉はカラッカラに干からびている上にピッタリと張り付いているからそろそろ何か飲まないとさすがにマズイ。
 
「え?」
 すっかり覚醒した私は寝起きで、未だ何かに戸惑っているらしいユーリスの手を引き、気持ち狭めの歩幅で食堂へと向かう。
 2人揃ってパジャマのままではあるが、着替えは後だ。大人のユーリスがいれば文句の1つや2つ言い出しそうなものだが、今はその心配はなさそうだ。

 それよりも水分である。
 
 食堂に着くと同時に執事さんに水を2杯要求し、そのうちの1つをたったの数秒で空にする。
 
「ぷはぁ。やっぱり人間、水分だけは枯らしちゃダメよね。ほらユーリスもちゃんと飲んで。結構汗かいてたんだから」
「え、あ、はい」
 遅れてユーリスの小さな手に水で満たされたコップを握らせる。
 そして私は水差しを持ってきてくれた執事さんからちゃっかりとお代わりをもらう。
 1杯目は張り付いた喉に水分を与えるのがやっとだったようで、2杯目は潤いを与えられた喉を通って身体に補充されている実感を与えてくれる。
 枯れかけの植物に水を与えたみたいな感じだ。
 うん、やはりこまめな水分補給は重要である。
 
 ゆっくりとコップを傾けて、水を飲み干したユーリスはまだ足りないのかコップの底をじいっと見つめている。
 
「ユーリスもおかわりもらう?」
 そう声をかけてみたものの、ユーリスは小さく首を左右に振る。そしてその首を止めた後も変わらずにコップの底を覗いたまま。
 こうもじいっと見つめていると目線の先に何があるのか気になってしまう。
 子どもというのは大人が気づかないものに気づくことも多い。……私を大人と言ってもいいのかはわからないが、そこはひとまず置いておこう。
 
「何かあるの?」
 ユーリスが何を見つめているのか気になり、中腰になって、彼の肩口からコップを覗き込む。
 するとユーリスは「わっ!」と声を上げて体を固めてしまった。
 純粋な興味によっての行動だったのだが、こんなに嫌がられるとは……。
 
「ごめんね」
 ユーリスから二歩ほど離れて頭を下げる。
 
 調子に乗りすぎたのだ。
 一晩隣で寝て、それがユーリスと私の距離だと思ってしまった。
 
 きっと兄弟のようなその距離が恋しくなっていたのだ。
 
 私はお飾りの妻である。
 それはユーリスが小さくなろうとも変わらない。
 
「あ、いえ……。その……えっと」
 ユーリスは困ったように言葉を探すと、グラスを前で抱えながら、下げたままの私の顔を覗き込む。
 
「ルピシアさんは……あなたは僕が怖くないんですか?」
「へ?」
 
 怖い? ユーリスが?
 
「えっと……ごめんね。どこらへんが?」
 初対面の時は確かに結構偉そうな人だなぁとは感じたが、怖いとは思わなかった。
 短い間とはいえ大人の彼と暮らしてみて怖いと感じたことはない。
 なのに、この可愛い子ども相手に怖いと感じるだろうか? いや、ない。
 
「どこが、って……僕は寝ている最中に魔力暴走を起こしてたんですよ? 僕は……ルピシアさんがお嫁さんに来てくれた僕ではないから。僕は、今の僕は自分の魔力すら制御できなくてっ、いつ怪我してもおかしくないのに……」
 
 目を潤ませて必死で言葉を紡ぐユーリスはまるで親にすがる子どものようだ。
 今まで子どものユーリスに手を伸ばせば拒まれてしまいそうで怖かった。
 けれどそれは間違いだったのだ。
 
 私は『魔力暴走』とは何なのかはわからない。
 
 けれど目の前の子を大丈夫だよと安心させてあげることが正しい選択なのだということはわかるのだ。
 迷いなく抱きしめたその身体は震えていた。
 昨晩と変わらぬその体温を包み込むようにぎゅっと抱きしめる。
 
「大丈夫だよ、ユーリス。ユーリスはユーリスでしょ。私はユーリスのお嫁さんだから今のユーリスが私なんかいやだって言ってもここにいるんだからね!」
 だから泣かなくてもいいんだよ、と背中を撫でてやるとユーリスはスンスンと鼻をすすって私へとしがみついた。

「本当に?」
「うん!」
「そっか」
 
 私の顔を見上げるユーリスの目にはこぼれんばかりの涙が貯まっていた。けれど彼の表情は今まで見たどの顔よりも嬉しそうだった。

 ――イチゴを頬張っていた時よりも。


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