水晶によって選ばれた私はお飾りの妻です
17.

「寝ちゃった……」
 涙で頬と瞳を濡らしたユーリスは嬉しそうに笑いながら瞼を閉じていた。
 魔力暴走とやらのことがよほど気がかりだったのだろう。
 おそらく朝からではなく、ユーリスの身体が小さくなってから、今のユーリスになってからずっと。
 だが『魔力暴走』を大人のユーリスが気にしていた様子はなかった。ということは子どもの彼にのみ発生するものということなのだろう――と考えてみたところで、やはり元々魔法とは縁のなかった私が『魔力暴走』とは何なのか理解するのは到底無理なことである。頭もそんなに良くない自信だけはある。ということは知っている人に聞くのが一番!
 
 そう、分からないなら聞けばいいのだ。
 
 寝てしまったユーリスを横抱きにして、執事さんの方へと身体を向ける。
 
「執事さん」
「いかがなさいましたか?」
「ユーリスの部屋のシーツ変えていただくように侍女さんにお願いしてもらってもいいですか?」
「かしこまりました」
「それと……魔力暴走のことを、ユーリスのことを教えていただけないでしょうか?」
「私の口からお話しすることはできかねます」
「そう、ですか」
「申し訳ございません」
「いえ、いいんです」
 
 残念ではあるものの、執事さんから聞けないのならユーリス本人の口から聞けばいい。
 今でなくとも、これからもずっと一緒にいるのだからいつか聞ける時がくるだろう。別に急いで知りたい内容ではない。ただユーリスのことを、私の夫のことを知っておきたいと思ったのだ。
 
 侍女さんにユーリスのベッドのシーツを替えてもらい、そして昨晩と同じように彼の隣に寝転がる。すうすうと寝息を立てるたびに動く小さな背中を抱くようにしてやると、無意識なのだろうユーリスの手が私の服を緩く掴んだ。
 それが愛おしくてたまらずに片方だけ背中から手を離し、代わりに真っ黒な髪を指で掬うようにして撫でる。
 
 柔らかくてサラサラの髪。大人のユーリスと色は違えど髪質は変わらないようだ。
 
「ユーリス、大丈夫。私がそばにいるからね」
 
 大人のユーリスに、お飾りの妻である私がそんなことは言えないけれど今なら、小さなユーリスになら何度だってそう言ってあげれるのだ。
 

 ユーリスから伝わる熱でウトウトとして、私も眠りの世界に旅立とうとした時、廊下からダダダダダダと現実へと無理矢理引き戻す音が響いた。
 すっかり起きる様子のないユーリスの頭を胸元で抱えつつ、何があったのかと廊下へと続くドアをじいっと見つめているとその音は最大まで大きくなって、ピタリと止まった。そして音の主は代わりにドンドンドンと異なる音を奏で始める。
 
「ユーリス、開けてくれ。薬が完成したんだ!」
「フェルナンド様、お待ちください。ユーリス様は今、ルピシア様とお眠りになられておりまして」
「え、ルピシアちゃんと!? 俺が頑張って薬を作ってる最中に何イチャついてるんだよ! くっそ、マジで羨ましすぎるだろ! ユーリス、早く起きろ!!」
「フェルナンド様、落ち着いてください」
 
 これは、えっと……多分早く出た方がいいやつだよね。
 心なしかフェルナンドのドアを叩く力は強くなっているように感じるし、何より寝ているユーリスがこの音が煩わしいとでも言いだけにううんと唸りながらモゾモゾと身体を動かしている。
 
「ごめんね、ユーリス。ちょっと離れるね」
 ユーリスの手を服から離すと、ドアまで近寄りゆっくりと扉を開ける。
 
「フェルナンド様。ユーリスを起こしてきますので、少しお待ちいただけますか?」
 
 泣き疲れて寝てしまったユーリスを無理に起こすのは可哀想な気もするが、薬を作って欲しいと頼んだのはこちらである。
 タイミングが悪かったと諦めてユーリスには起きてもらうしかあるまい。
 
「ん? ああ、別に連れてこなくていいよ。口に出したらある程度落ち着いたし、羨まし過ぎるユーリスには大人に戻った後で文句を言うから。薬は揺さぶって半覚醒くらいなった時に飲ませちゃって。どうせ飲めばまた眠くなるだろうから」
「これを飲ませればユーリスは元に戻るんですか?」
「うん、翌朝には戻ってると思うよ。だから早く飲ませちゃって。まだ時間があるとはいえ、そろそろ調整しとかないとだし。それじゃあ俺はこれで。ああそうそう、枕元にでも俺からの手紙置いといて」
「はい。色々とありがとうございました」
 
 気にしないでと笑うフェルナンドは先ほどとは打って変わって、足音一つ立てずに執事さんと共に廊下へと消えていった。
 遠ざかるその背中に見えなくなるまで頭を下げると、フェルナンドから手渡された緑色の液体の入った小瓶に視線を注ぐ。
 
 これでユーリスの身体は元に戻るのだ。そしてこの小さなユーリスは居なくなる。
 
「仲良くなれそうだったのにな……」
 
 大人のユーリスのことを嫌いなわけではない。
 利害関係の一致によって結婚したお飾りの妻である私のワガママを聞いて、部屋一つ丸々使った花壇を用意してくれた。
 仕事があるからとそんなに顔を合わせる頻度は多くなかったが、邪険に扱うこともなかった。
 
 ――ただ小さくなった時の彼との距離が、また開いてしまうのが悲しいのだ。
 
 もしこの薬を飲ませたらユーリスはこの数日の記憶を忘れてしまうのだろうか。
 
「……ってそんなこと、考えちゃダメだよね! ユーリス、ユーリス、起きて」
 自分のことしか考えていない頭をフルフルと振って、その考えを頭の隅っこの方へと追いやる。そしてユーリスに薬を飲ませるべく彼の肩をトントンと叩く。
 
「うぅん……?」
「ユーリス、フェルナンドが来てお薬置いてってくれたからこれ飲んで? 飲んだらまた寝ていいから」
「寝たら、ルピシアさんはここから居なくなる?」
 眠そうな目を擦りながらユーリスはこてんと首を曲げる。

「ううん。ユーリスが寝てからもここにいるよ」
「そっか」
 私の答えに納得したらしいユーリスは柔らかな笑みを浮かべて、私の手から瓶を受け取った。そして見た目通りの味なのか、眉をひそめながらゆっくりとその液体を飲み干した。


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