ルイーズの献身~世話焼き令嬢は婚約者に見切りをつけて完璧侍女を目指します!~

ルイーズの決心


 ルイーズはエリーの問いについて考えた。

「家族やエリー、大切な人のことを考えることが多いかしら。リアム、ミシェルともっと遊んであげたい。お菓子を作ってあげたい。毎日、母の部屋にお花を飾ってあげたい。父ともっと話をしたい。エリーと街にお買い物に行きたい。それから……昨晩はオスカーのことも考えたわ」

「そう…、最後はどうかと思うけど……。ルイーズは、人のお世話をするのが元々好きなのね。二人と接する姿を見て、母性が強いとは思っていたけど。相手に何かをしてあげたい、笑顔が見たい、それは幸せになってほしいという思いからきているのよね」

「そうね、幸せでいてほしいと思っているわ。そのために、自分は何ができるのか——」

 ルイーズは、エリーの言葉で心にあった何かが少しずつ繋がっていくような感覚を覚えた。〈大切な人たちのために行動すること〉エリーのように、〈自身のために前向きに行動すること〉自分には前者だけだと思っていたルイーズは、自分の心を少しだけ理解できたようで嬉しくなった。

「誰かのためになんて、中々思えることではないわ。それってすごいことだと思うの。……でも、まずは自分のことを一番に考えてほしい」

 ルイーズは、エリーに視線を合わせると「ありがとう」と伝えながら微笑んだ。

 エリーは、いつも他者を優先するルイーズに、自分の気持ちを大切にしてほしいと願っているようだ。

「私は領地のハーブ園でお祖母様の手伝いがしたいの。でも、今の私では、そんなことを言っても聞き入れてはもらえないわ。だから、両親の言いつけ通り、学院の淑女科に入学したの。父は、私の婚約を諦めてはいないから、淑女科にこだわっているしね。それで今回、従姉妹に協力してもらって、彼女の侍女になる約束をしてから、侍女科に転科したいと父を説得したわ」

「そうだったの。エリーの御祖母様は、領地でハーブを育てているのよね。それなら、最終的には侍女ではなく、ハーブ園で働きたいということなのね」

「そうね。いつまでお祖母様の手伝いができるかはわからないけど......。でも、侍女科では医療や薬草学を学べるし、他にも色々な経験ができる。だから本当に楽しみなの。偉そうなことを言ってしまったけど、実際には自信がなくて不安なの。——ルイーズも、今やりたいことが見つからなくても、色々な経験をしていくうちに見つかるかもしれない。だから焦らないでね」

「うん、ありがとう。何だか、今とても清々しい気分なの。屋敷に戻ったら、私もお父様に話してみるわ」

 ルイーズの晴れやかな笑顔を見て、エリーはほっとした表情を浮かべた。


  ♢


 屋敷に戻ったルイーズは、リアムとミシェルがいるであろう図書室に向かった。

「リアム、ミシェル」

 二人は姉の声に気付くと、読んでいた絵本から顔を上げて返事をした。

「姉上、お帰りなさい」「ねえたま、おかえり」

「ただいま。二人とも絵本を読んでいたの?」

「はい」「にいたまにね、よんでもらったの」

「そう、ミシェル良かったわね。リアムありがとう」

 頷くリアムと笑顔のミシェル。

「そうだわ。今日は二人に嬉しいお知らせがあります」

「なんですか?」「なぁーに?」

「今度のお休みに、エリーが我が家に遊びに来ます。二人とも何か予定はありますか?」

「エリーさんが……。予定はありません!」「ありましぇん!」

「そう、それなら良かったわ。当日は、エリーのために美味しいお菓子を三人で作って、お出迎えしましょうね」

「はい、楽しみです」「うん!」

 ルイーズは、エリーから屋敷へ訪ねていいかと聞かれ、嬉しさからすぐに了承の返事をした。今にして思えば、自分を心配してくれたエリーの気遣いだったのだと気がついた。目の前で喜ぶ二人を見つめながら、エリーの思いに感謝した。





 ルイーズは、二人の喜ぶ姿を微笑ましく思いながら図書室を後にした。

 先ほどトーマスに、父の所在を確認すると、侍女のローラと一緒に理解しているという顔つきで頷かれた。二人は自分の顔を見るだけで、いつも察してくれる。そんな二人に感謝しながら父親の執務室へ向かった。

 執務室では、父親のルーベルトと母親のエイミーが二人並んでソファーへ腰掛けていた。さすがトーマス。ルイーズの様子を見て、エイミーにも声を掛けたようだ。

「ただいま戻りました、ルイーズです」

 部屋の中からルーベルトの「入っていいよ」という返事が聞こえてきた。ルイーズは
唇を引き結ぶと
「ああ、今日はどうしたんだ?」

 何故かルーベルトは緊張した面持ちだ。微妙に声が上擦っている。その声に釣られてか、ルイーズも少しばかり緊張したが意を決して話し始めた。

「先日、考える時間をくださいと、お願いしたことを覚えていますか?」

「ああ……もちろんだよ」

 何故か不安そうな顔で頷くルーベルトを見やると、ルイーズは口を開いた。

「お父様、時間をくださってありがとうございました。今の私には何ができるのか、次の婚約どうするのか。考えても、その答えは出ませんでした。でも、やってみたいと思えることが見つかったのです。私、侍女科で色々な経験をしたり、新しいことに挑戦してみたいです。どうか、侍女科で学ぶことを認めてはいただけませんか」

「…………」

「気持ちは決まっているのね」

「はい」

 固まったままのルーベルトとは違い、エイミーはルイーズの表情を見て安心したようだ。トーマスやローラから、考え込むルイーズの話を聞いていたのだろう。まさかこんなにも早く、思いの丈を聞かせてもらえるとは思っていなかったような表情だが。  

 我に返ったルーベルトは、ルイーズに尋ねた。

「淑女科がいやなのか? そうではないのなら、今のままで良いじゃないか。新しい婚約者を探すから、もう少し待っていなさい」

「あなた!」

「坊ちゃま!」

「っ! 坊ちゃまじゃない!」

 エイミーが呆然とするルイーズに声を掛けた。

「ルイーズ、お父様とお話をするから、お部屋に戻って宿題でもしていらっしゃい」

 ルイーズは笑顔のエイミーに頷き返すと、三人の様子を気にしながらもその場を後にした。

 その後の執務室では、エイミーとトーマスから、お説教をされるルーベルトの姿があったとか、なかったとか。
 
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