薬師見習いの恋
「今は魔獣の対応が先だ。このまま通り過ぎてくれてばいいが……イノシシ型なら雑食の可能性が高い。腹が減っていたら人間を襲って食うかもな。過去には豚ですら人間の死体を墓地から掘り起こして食った事例がある」

 フロランの言葉にマリーベルはぞっとした。小さい頃からブタは危険だから近づかないようにとしつけられていた。二百キロを超える巨体に突撃されたり踏まれたりするのも危ないが、人間を襲うと聞いたこともあった。実際に人を食べた話を聞くとおそろしい。

 鼻息はどんどん近くなり、やがて姿が見えるようになった。
 巨大なイノシシだった。二メートルはあろうかという体躯に、鋭い牙と角。目は赤く濁り、口からはよだれが垂れている。

「あれは……」
 ロニーが驚きで小さく声をあげる。

「あの背にあるのは銀蓮草ですよ!」
 マリーベルもまた驚いて目をこらした。
 以前はトゲだと思っていたものは茎をのばし、薬草図鑑に載っていた蓮のような銀色の花が咲いている。

「寄生種だったのね」
 マリーベルがこぼすと、ロニーは頷く。

「あれでは見つからないはずです。魔獣は討伐されて数が減っています。固定した場所に生育しないとなると、栽培はかなり難しい……あの魔獣だけなのか、動物でも可能なのか、生体でなければ育たないのか……」
「考察より今は逃げるべきだ。あいつは様子がおかしい。いつ襲ってきてもおかしくない」
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