薬師見習いの恋
 振動させないように引き切ろうとするが、茎が固くてなかなか切れない。
 慎重に、ゆっくりと刃を進める。イノシシの呼吸に合わせて、気づかれないように、そっと。

 手に汗がにじみ、暑くもないのに額にも汗が浮かんだ。
 魔獣が目を覚まして頭をひとふりすれば、それだけでフロランは吹き飛んで大ケガをするだろう。

 目覚めの刺激とならないように、フロランはゆっくりと剣をのこぎりのように動かす。本来、剣はそのように切るものではないので、なかなか切り取ることができない。

 あと少しで断ち切れるというとき。
 魔獣がびくっと動いた。

 フロランはすぐに剣を引く。
 だが、魔獣は意識を取り戻さなかった。

 フロランは茎を片手で支え、とうとう銀蓮草を切り取った。
 ほう、と大きく息をついたときだった。

 風が大きく吹いて、木の枝が揺れる。
 いが栗がばらばらと落ちて、魔獣の上にもいくつも落ちた。

 魔獣がピクリと動き、その瞼が開いた。
 フロランは銀蓮草を手に走り出す。
 魔獣はむくりと体を起こし、きょろきょろと周囲を見まわした。

「ふがあああ!」
 魔獣が雄たけびを上げる。その声には怒りが含まれているように聞こえた。

「逃げるぞ!」
 フロランが叫び、合流したマリーベルは先ほど摘んだミントをばらまきながら走る。
 だが、魔獣はミントなどものともせずに追って来る。
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