薬師見習いの恋
「き、効かない!」
「しゃべるな、走れ!」
 フロランが叫ぶ。

 だが、マリーベルがどれだけ必死に走ってもさほどの速さはない。
 その上、熱で頭がふらふらしていて、地面は木の根ででこぼこしている。
 気をつけていたのだが、足を根にとられて転んだ。

「マリー!」
 ロニーが叫び、フロランが舌打ちして剣を抜く。

 フロランは突進する魔獣との間合いをはかり、魔獣の横っ面を狙って切りつけた。
 だが、魔獣の勢いは思いのほか強く、フロランは剣とともに飛ばされて地面に叩きつけられる。

 ロニーはとっさに腰につけたポマンダーをはずし、魔獣に投げた。魔獣除けの薬草が何種類も入っているのだ、万に一つ、嫌がって逃げてくれたら。
 ポマンダーは魔獣の鼻先に当たった。

「ぶぎゃああああ!」
 魔獣は悲鳴のような雄たけびを上げて顔を振り回し、目標を失ってまた木に激突した。
 人間など眼中にない様子で魔獣は唸りを上げて鼻先を地面にこすりつける。まるで嫌な臭いを消し去りたいかのように。

 ロニーはその間にマリーベルを助け起こし、フロランは自力で立ち上がる。
 三人は再び走り始めた。

 だが、息の上がったマリーベルではさほど走れない。
 木質化したルーを見つけたロニーは、マリーベルとフロランとともにその木陰に隠れた。
 丸みのある小さな葉がたくさん繁り、柑橘を思わせるような香りがほのかに漂う。
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