薬師見習いの恋
 ダイズは東洋で栽培される植物で実を食用とする。薬ではなく食品だが、ハンナの婦人病にはある程度の効果があるとしてロニーが勧めたのだ。こちらでは栽培ができないので輸入に頼るしかなく、貴族でなければ手に入らない。

「冬になる前に王都に戻るから、そろそろ旅の分まで薬を用意していただかないと」
「あちらの薬師が同じものを作れるように処方箋も用意しますね」

「お願いね。今日もお茶を用意したのよ、くつろいでいって」
「恐れ入ります」
 マリーベルは軽く頭を下げてから仏頂面のアシュトンの隣に腰掛けた。

「アシュトンが心配して様子を見に来てくれて、本当に母親思いのいい子だわ。素敵な人と結婚できるといいのだけど」
 彼は十九歳で、結婚を考える年齢になっている。貴族は早い人では幼年から婚約者がいるというが、アシュトンはまだいなかった。

「アシュトン様は優しいから、きっと素敵な御夫婦におなりですね」
 マリーベルが言うと、アシュトンは大きくため息をついた。

「お似合いの優しい人を探してあげないと。だからアシュトン、そんな顔しないで」
「結婚はまだいいって言ってるだろ」
 アシュトンは不機嫌そうに吐き捨てる。

 結婚したくないから機嫌が悪かったのか、とマリーベルは納得した。
 気持ちはわかる。結婚なんて憧れはするものの、現実感はない。

 そのうち村の男の子の誰かと結婚することになるのだろうが、誰もがみな良い友達でしかなくて恋愛の対象として見たことはなかった。かといって村の外の人と知り合う機会などない。

 父と母のような仲の良い夫婦になれればいいが、そうなる保証もない。
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