薬師見習いの恋
「それはかなり昔の話ね。昔は下水がなかったから町中が臭かったらしくて、匂い対策だったそうよ。今は下水が整いつつあるから、ハーブをまくことはないわね」
「そうなんですか。本に書いてあったから……」

「以前お貸しした本かしら。古い本ばかりだから仕方ないわね」
 ハンナは苦笑してお茶を一口飲んでからまた言った。

「そうそう、残念な流行もあったのよ。一昨年はやったエンギア熱がまた今年の夏に流行ったらしいの。軍が王都を封鎖して外出禁止令が出て、それはそれは大変だったそうよ」
「東のエンギア国からきた病気ですね。まだ特効薬がないとか。ロニーから聞いたことがあります。細菌という目に見えないものが原因だそうで、一度かかると免疫というのができてかかりにくくなるとか」

 細菌は顕微鏡を使わないとみることができない。だからマリーベルはロニーから聞いただけで見たことはなかった。

 この病気がロニーを旅立たせる原因になったという。治療が追いつかず、たくさんの人を亡くした。無力な自分に嫌気が差し、特効薬となるはずの銀蓮草を探していると言っていた。

「よく知ってるわね。今は隣国でも流行っているらしいのだけど、風邪をひどくしたような病気で、高齢者や子供、持病がある人は命に関わるのですって」
「怖いですね。村は都会から離れてて人の行き来もないから病気もはやらないとは思いますけど……」

「私は体が弱いから、ここに療養に来ていて良かったわ」
 ホッとしたようにハンナが言う。

 楽しいひとときを過ごし、屋敷から辞去するときにはアシュトンが玄関まで送ってくれた。

「アシュトン様、送っていただいてありがとうございます」
 扉を出たところでマリーベルがお辞儀をすると、彼は不快そうに眉を寄せた。
< 16 / 162 >

この作品をシェア

pagetop