薬師見習いの恋
「そんなのロニーに任せればいいよ」
「だけど、ロニーは……」
 きっと村を出て行く人だから。言えなくて、マリーベルは黙り込む。

「王都なら流行のドレスもお菓子もいくらでも手に入る。いつも羨ましがってたじゃないか」
「そうだけど」
 そんなのはただの憧れだ。本当に欲しいわけじゃない。

「ミンスパイだってこっちに比べて断然おいしい。きっと気に入るよ」
 ミンスパイはひき肉(ミンスミート)の入ったパイが始まりで、今ではひき肉以外にもドライフルーツを使ったものなどが作られている。マリーベルのお気に入りだ。

「とにかく考えて置いて」
「うん……」
「いい返事を期待してるから」
 そう言って、彼は屋敷に戻って行った。

 マリーベルは落ち着かない気持ちのまま、薬草を摘むために歩き出した。
 自分が王都に薬の勉強に行くなんて、考えたこともなかった。

 王都レミュールははるか東、馬車で八日、女の足だと徒歩で二週間以上かかるという。ときおりやって来る行商以外では、アシュトンとハンナからその話を聞くだけだ。

 きらびやかな都の噂に娘たちはみな憧れる。夜ごと開かれる舞踏会に胸を膨らませ、素敵な王子様や王女様の話に心をときめかせる。
 手が届かないからこそ心置きなく憧れることができるのだ。急に現実になって自分に近づいてきた今、嬉しいよりも恐ろしさが(まさ)った。

 村を離れたら、両親にもタニアたちにも……ロニーにも会えなくなってしまう。
 ロニーはいつか村を出て行く。それは切ない。
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