薬師見習いの恋
 彼女はマリーベルを見ると、すまないが、と声をかけた。
「このあたりにロナルシオ・レンタード・エルシュネルはいるか。ロニーと名乗っているかもしれない」
 告げられた名に、マリーベルは顔を青ざめさせた。

 ロニーを探す人が来た。しかも、最初は彼を別の名前で呼んだ。
 きっとそれが本名なのだ。

 しかも名前の長さからして、おそらくは貴族なのだろう。この国の平民はファーストネームとファミリーネームで構成されていて、ミドルネームを持つのは貴族だけだ。

 マリーベルが答えられずにいると、さして落胆する様子もなく女性は言葉を継いだ。
「その様子では知らないか」
 屈託のない彼女の笑顔に、罪悪感がもやもやとわいてくる。

「このあたりにナスタールという村があるはずなんだが、合ってるか?」
「……あります」
 嘘をつくこともできず、マリーベルは答えた。

「良かった、その村へ連れて行ってもらえないか」
「村へ……」

「王都からずっと旅を続けてきて疲れているんだ。宿があるなら泊まりたい」
「宿はないです」
 街道からはずれた寂れた村だ。ルスティカ家の別荘があるからときおり人は来るが、通常の旅人はこの村を訪れることはない。

「それは残念だ」
 そうは言いながら、やはり女性にがっかりしている様子はない。

「だが、村には案内していただきたい。食料も尽きかけて困っていたんだ」
「……わかりました」
 マリーベルは頷く。
 まっすぐに育ったマリーベルには、断るという選択肢はなかった。
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