薬師見習いの恋
 マリーベルは顔を上げ、その花をよく見る。
「……違う、スズランじゃない」

 見た目はほぼ同じだが花の数がやや少なく、スズランにはない自ら発光するような淡い光沢があり、葉はやや丸みを帯びている。
「まさか、月露草……?」
 マリーベルはつぶやく。

 貴重と言われている薬草だが実物を見たことはない。ロニーが持っていた薬草辞典に載っている図を見て特徴を知っているだけだ。
 清流のそばを好み、人が多いところでは育たない謎の多い植物とされている。

 本当に月露草だろうか。
 顔を上げて、はっとした。
 気が付くと辺り一面にその花が咲いている。

「こんなところに……」
 マリーベルは夢中で毟った。
 かごいっぱいに摘んでもまだ月露草は豊富に咲いている。

「誰にも内緒にしないと」
 多くの人が踏み入ればこの花はすぐに枯れて失われてしまう。

 がさっと音がして、マリーベルはそちらを見た。
 大きな影がのそのそと動き、ブタに似たふがふがという荒い鼻息が聞こえた。

 イノシシだ。
 マリーベルは顔をひきつらせた。
< 43 / 162 >

この作品をシェア

pagetop