薬師見習いの恋
「知りません」
 とっさにそう答えた。
 月露草は今考えうるただひとつの希望だ。

 ロニーにだけは場所を教えておくべきだった、とマリーベルは後悔した。だが、ロニーは森にそれが生えているのを知っている。自身で採りにいき、村を救ってくれるだろう。森の中で小枝を折って目印にする方法を教えたことがある、きっと彼にはわかるはず。
 だから今は、たとえ自分が殺されてもその場所を教えてはならない。

「教えろ。知ってるんだろ」
 剣を向けられ、マリーベルはぎゅっと目をつむった。
 刺されるとどれくらい痛いだろうか。死ぬまでどれくらい時間がかかるだろうか。
 喉元にひやりとした感触が伝わる。刃を当てられたのだとそれでわかった。

「教えないと殺す」
「無理です」
 マリーベルはかろうじてそう答えた。
 殺すなら苦しくないように一息に、とそれだけを祈った。

「お願いです、教えてください、私の母も病気で苦しんでいるんです」
 従僕が哀れに訴えて来る。
 だが、マリーベルはなにも言わない。
 ややあって、ふいに喉から刃が離れ、からん、となにかが落ちた音がした。

「頼む、殿下をお助けしたいんだ!」
 フロランの声に、マリーベルはそうっと目を開けた。
 彼は埃にまみれるのもかまわず床に手をつき、マリーベルに頭を下げている。
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