Rescue Me
 「いえ、いつもお疲れ様です」

 なんとか笑顔を作り顔が引きつっていない事を祈った。そして桐生さんとは目を合わさず軽く会釈をするとドアに向かって歩いた。彼はいつも勘がいいと言うか私の表情を読み取るのが上手い。今の気持ちを知られるのだけは絶対に嫌だ。

 するといきなり桐生さんはソファーから立ち上がると、退出しようとしていた私の腕を引きグッと抱き寄せた。

 「蒼、今日は一人で帰れるか?」

 桐生さんは私の視界から結城さんを遮る様に立つと、私の考えている事を探る様にじっと見つめた。

 「えっ…? あ、はい……」

 ── い、今結城さんの前でそれ言うの??

 すぐそばで私達のこのやり取りを見ている彼女が気になり彼の言葉にあまり集中できない。

 「ごめん……今日は遅くなるから先に帰ってくれ。なるべく早く帰るから」

 そう言うと彼は手にしていた書類を顔のすぐ横に持ってきて、結城さんの視界から私達を遮ると軽く唇にキスをした。

 「気をつけて帰れよ。家に無事ついたらメッセージくれ」

 そう言って彼は何事もなかったかの様に再び結城さんの前に腰をおろした。私は怖くて彼女を真っ直ぐに見ることができず、「失礼しました」と頭を下げると、桐生さんと結城さんを残して社長室を後にした。
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