Rescue Me
 「サンフランシスコも楽しかったけど、来年の夏は違うところに行きたいわね」

 母がそう言うと莉華子さんも同意するように頷いた。

 「ヨーロッパはどうかしら?」

 「そうだなぁ。イギリスとかスコットランドなんかどうだろう」

 父も考えながらそう提案した。

 「確かMelioraのオフィス、ロンドンにあったよな。来年の夏ロンドンに出張いれられないかな……」

 「翠は一華(いちか)さんと一緒に行きなさいよ。今回も一緒に連れてくればよかったのに」

 母が呆れた様にそう言うと、兄はなぜか珍しく機嫌を悪くして黙ってメニューを開いた。

 一華さんはここ三年ほど翠がお付き合いしている彼女だ。皆でそろそろこの二人は結婚するのではないかと思っている。

 兄の翠はとてもいい人なのだが、交友関係が男女問わず広すぎるのと、スポーツや釣りが好きということもあり週末よく彼女を置いて出かけてしまう。その為一華さんの前は彼女が半年も続かないことがよくあった。

 その点一華さんはスポーツも釣りも大好きで、実は兄よりも上手かったりする。以前の彼女達と比べるととても大人で落ち着いていて、それでいてお転婆で兄を振り回しているくらいだ。

 今また彼女に振り回されて何か喧嘩してるのかもしれない。でも私はとてもお似合いのカップルだと思っている。きっと来年の今頃は翠も一華さんと結婚してきっと幸せな家庭を持っているに違いない。


 「俺たちも一緒にイギリスに行ってみるか?」

 颯人さんは微笑んで私を見た。

 「はい!私、イギリスには行ったことがないので一度は行ってみたいです」

 そう颯人さんに返事をしてみるものの、来年の今頃私達はどうなっているのだろうと思う。もしかして未だ妊娠できなくて、私も颯人さんも子供を持つという夢を諦めてしまっているのかもしれない。

 そんな事を考えていると突然私達の席の後ろで、ウェイトレスの人がハッピーバースデーの歌を歌いながら、小さなケーキを5歳くらいの女の子に持ってきた。おそらくご両親が特別に頼んで持ってきてもらったのだろう。

 「…… Happy Birthday To Youuu ー!」

 周りの席の人も皆「Happy Birthday!」とお祝いを述べていて、私達も女の子におめでとうと拍手を送る。

 両親に囲まれ嬉しそうにしている彼女は、息をふっと吹くとケーキに付いていたロウソクを消した。

 私はそれをじっと見ながら、どんなに望んでも、どんなにお金を注ぎ込んでも、手に入らない幸せもあるんだなと思う。
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