千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~


「もしもし……」

 恐るおそる声を発した千代子だったが『急にごめんね』と電話の向こうの司の声は明るかった。
 まだ司が高校二年生だった時に聞いていた声の印象が強い千代子。オトナの男性となった司の低い声が耳をくすぐり、じんわりと気恥ずかしさをもたらす。
 司は『電話した方が早いと思ったんだ』と今、話が出来るかどうかを問う。どうやら昼間に交わした和食が好きかと言う話の流れから、やはり今度一緒に食事に行こうと言う誘いの電話だった。
 今日は水曜日だから早ければ金曜日の夜、と少し積極的な司の誘いではあったが時間だけはある千代子はせっかくの事だった為、了承する。
 それでね、と軽く話を続けた司は話の終わりに「まだちょっと早い時間だけど、おやすみ」と丁寧に言葉を閉じる。

 昨日の夜も、今朝も、司は丁寧に挨拶をしてくれていた。
 生活のリズムが崩れがちな今の千代子は有り難く感じつつも『私の知っているお店で良い?』となんだか言われるがままに了承してしまい、俄かに焦り出す。
 司の身なりや彼の選んだ和食のお店、と考えるとかなりしっかりとした服装をしなければならない。どうしよう、そんな良い服……と狭いクローゼットをとりあえず開けた千代子は持っている服の中でもフォーマル寄りのトップスとスカートを取り出す。

 ストッキングを穿かなくなって久しかったが一応、オフホワイトの清潔感のあるカットソーに比較的明るい紺色の膝丈のフレアスカートを選び出す――と言うよりもそんなに服を持っている訳ではない。
 その少ない中での一番、司と食事をしても大丈夫そうな物を選ぶが貴金属やバッグも出さなきゃ、とあれやこれやと必要な物が増えていく。

(ちょっと落ち着こう)

 自分は今、夕飯の支度をしようとテーブルに食材を出しっぱなしにしている。
 まずはそれらを調理が先決。長いお昼寝をしてしまい、きっと眠れそうにないから準備はとりあえず後にした方がいい。コットンのゆるいワンピース姿の千代子はうんうん、と心の中で頷いて作業用テーブルの方にまな板と包丁を出し、はやる気持ちを落ち着かせるように一人、今夜の夕飯の支度を始めた。
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