千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~
第2話 エプロン

 司とは金曜日の夜にディナーの約束を交わした。
 予定が決まった水曜日から支度をどうするか……猶予をくれた司に感謝をしながらも千代子は着て行く物をオシャレ着洗剤で洗濯したり、あれこれ悩んだりしていたのだが気がつけばあっと言う間に約束の金曜日。

 待ち合わせの時間が差し迫る夕暮れ時の千代子の部屋。
 夜なら比較的はっきりとしたメイクの方が映えるけれど、と必要以上に濃くなり過ぎないよう、それでも薄化粧ばかりになってしまっていた最近の自分の顔にとんとん、とパフでパウダーをはたく。アイシャドウもブラシで丁寧に、慎重に色を乗せてゆく。フォーマル寄りの服装、ディナーと言う事で下品さが無いように仕上げのリップは控えめにほんのりと色づく程度に済ませる。

 千代子は司にも、自分にも気を使って支度をする。
 丁寧に化粧をしているとどうせ自分なんて、とないがしろにしてきた大きな代償による心の傷が少し、癒えるようだった。
 くたびれ、傷ついてしまった心に自分で手当てをするように好きな色をまぶたに乗せ、彩ってゆく。
 それに今夜は十年以上、会う事のなかった十代の自分を知る人物と――当時憧れていた人と大人同士、食事が出来るのだ。

 持ち物ってこれで良かったっけ、とスプリングコートを羽織る前にお財布やハンカチ、化粧直し用のコンパクトやリップが入っているポーチを確認してクラッチバッグに納める。最後まで手元に置いてあったスマートフォンにはちょうど、仕事が終わったから今から待ち合わせ場所まで迎えに行く、と司からのメッセージが届く。

 分かりやすいように最寄りの駅前での待ち合わせ。それは千代子が借りているアパートの詳しい場所が分からない程度の節度を守った距離だった。

 二十分もあれば着くと言う司のメッセージ通りにコートを羽織った千代子は久しぶりにヒール履いてアパートから駅に向かう。そしてあまり待つ事も無く、数日前に見た黒塗りの高級車が彼女のすぐそばで静かに停車した。
 それと同時に降りて出て来たドライバーが「小倉様、どうぞ」と司から本名を聞かされていたのか丁寧な声色と所作で後部座席の扉を開けて乗り込むよう促してくれた。

「こんばんは、ちよちゃん」

 中にいた司が挨拶をしてくれる。

「こ、こんばんは!!」

 挨拶にはちゃんと挨拶で言葉を返したものの妙な恥ずかしさから声が少しつかえてしまう千代子に司は優しく笑いながら迎えてくれる。車内に乗り込む為に少しだけスカートの裾を畳んでから千代子はそっと彼の隣のシートに座る。司は仕事帰りのままのようだったが今夜も高そうなスーツの質感が夜の暗い車内でもよく分かった。

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