千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~
いつもだったら三十分もあれば終わってしまう夕飯もゆっくりと時間を掛けて味わい、ちょっとしたデザートと食後のワインも済ませればそろそろ出ようかと司は言う。呼ばれる客室係からコートを渡されてそのまま二人で……と支払いは、と千代子が心配してしまう頃。一応、ATMで下ろして来てはある。そもそも料亭と言う場所の支払い体系が分からない。
「あの、司さん」
「さ、帰ろ」
うう、と言葉が出なくなってしまっている千代子の戸惑いの表情を軽くいなすように「心配しないで」と頭一つ分低い千代子に司は少し屈んで言う。
「ちよちゃんが心配する事は何もないし、もし気にしてしまうようだったら……私の部屋で少し飲むの、付き合ってくれる?」
「も、もちろんです!!」
それくらいしか出来ませんけど、と困ったように笑う千代子。
先日は流石に司の部屋に訪れるには早過ぎたが少しお酒の入っている千代子は司の提案を飲んでしまった。
「そんな訳で持ち帰りの軽食も頼んでおいたんだ」
帰り際の司に手渡される紙袋。
何もかも、用意が良い。
いつ呼んだのか、それともずっと近くで待機していたのか、すぐに二人の元に到着する車。行きに送って貰った時と同じドライバーが千代子から先に車内へ案内をする。
司も勝手にもう片方から乗り込めばすぐにドア側に回ったドライバーが扉を閉める。
「ちよちゃんを強引に招いておいて悪いんだけど私の部屋、本当に引っ越して来たばかりで荷物が段ボールに入ったまま置きっぱなしだったりするけど」
「全然、そんな……気にしないです」
「良かった。ちよちゃんならそう言ってくれると思ったよ」
散らかっている、とは言っても司の事ならきっとそれでも綺麗な方に違いない。仕事が忙しいのかな、と自分を夕食に誘ってくれる時間を無理に作らせてしまったのではないかとまたここで千代子は心配してしまう。
・・・
司にエスコートをされるままに見上げてしまう程の高層マンションへとやって来た千代子。エントランスにはコンシェルジュが夜間も常駐しており、さも当たり前のように上階フロア専用の高速エレベーターに乗せられた。
そして通された司の部屋。
まるで借りて来た猫のように丸い瞳で艶消しがされた黒い革張りの大きなソファーで固まっている千代子。お行儀よく、膝と膝をくっつけて「ちよちゃんは座ってて」と言われたままに本当に動けずに座っているだけだった。
そんな動けない千代子の視界には確かに無地の段ボールが数ヵ所に分けられて置いてある。まだ手つかず、と言うように封がされているようだった。
「本当、片付いてなくてごめんね」