千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~


 畳敷きに直接座るのではなく、テーブルと椅子のスタイル。二人きりの個室は千代子のアパートの部屋より広かった。
 慣れない場所どころか料亭で食事、と言う体験をまずした事が無い。どのような作法で食事をしたら良いのかすら分からない千代子にとって通された場所が完全な個室、と言うことで他の者の目が無い事にとりあえず安堵する。多少の粗相も司なら許してくれるに違いない。

 出される食前酒の白ワインの多分高そうな銘柄も、何もかもが千代子にとっては初めての経験。終始、目を丸くさせている彼女を前に司も嬉しそうに柔らかな笑顔を向ける。
 普段は言葉の少ない司ではあるが千代子が困っているような仕草や目線をしているとすぐに気が付いてフォローに回る。

「ちよちゃんはお酒、強い方?」
「うーん……どうでしょう、そこまで飲んだ事もないんですけどお付き合い程度には飲みます」
「家で、とかは」
「甘いのを少しだけですね。最近はひと缶飲みきれないかも」

 口当たりの軽い白ワインのグラスが千代子の指先に摘ままれていたがそっとテーブルに置かれ、そうこうしているうちに和テイストのコース料理が運ばれてきた。
 彩りの良い皿に「どうやっていただけば」とつい本音をこぼして凝視している千代子のここ数年の質素な食生活。自分なりに豪華な具材を詰めたおにぎりを頬張っていたつい先日。
 しかしながら司が選んでいてくれた料理は華やかさはあれどもそこまで気取らずに、全てがお箸で食べられると知った千代子は胸を撫で下ろしながら食事を始める。

「司さんはいつもこんな感じで」
「そうだな……仕事の延長としての食事会はあるんだけど普段の夕飯はテイクアウトとか買ってきたものを家で食べてるよ」

 司の言葉に千代子は意外、の視線を向ける。

「今日はちよちゃんとだから、特別」
「……っ、そ、そんな私は」

 たぶん司は無意識に女性の事を翻弄している、と千代子は思ってしまう。なんでもない事のようにさらりと大胆なセリフは千代子の少し寂しかった心に見事、刺さってしまった。それに自分を昔と変わらず『ちよちゃん』と呼び続けてくれる事も三十歳になったばかりの千代子にはここが個室で本当に良かった、と思わせる。
 嫌では無くとも、沢山呼ばれると恥ずかしい。

< 14 / 98 >

この作品をシェア

pagetop