千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~
「あっ」
ちょっとそこまでお買い物、のスタイルで歩いていた千代子の少し先で黒塗りから降車する司がいた。どうやら千代子に気付いていなかったのか司はドライバーからビジネスバッグを受け取るとマンションのエントランスに向かって歩き出してしまった。
「司さんっ」
千代子にしては珍しい大きめな声。
すぐに気が付いた司の肩が揺れたようだったが小走りで近寄る千代子は「昨日は本当にごめんなさい」と謝る。すっかりアルコールが抜けた千代子とは違って、司の顔色は悪かった。朝からずっと、千代子の事を考えていた司の瞳が彼女の立ち振る舞いを見て昨晩、自分がしてしまった事について本当に気が付いていないと知る。
それどころか、申し訳なさそうにアルコールに弱くなっている自分の体調の変化に気が付けなかった事を改めて詫びている。
互いに謝罪の堂々巡りになりつつも司はつい、千代子に問いかけてしまった。
「ちよちゃん、お買い物?」
「はい。あ、司さんお昼ご飯は……」
「まだ、だけど」
つい素直に答えてしまった司は失敗した、と思ってしまう。優しい千代子の「昨日のごはん、ありますか?」と聞いてくる声はどこか心配そうな、様子を伺う少し下からの見上げるような視線に目が反らせない。
「もしよかったら、お昼の支度を」
終わったらすぐに帰りますから、と言う千代子を強く拒めなかった。
また明日、彼女は仕事として来ると言うのに。
昨夜の炊かれた米の心配と……丸い瞳で探るように見つめられてしまっては司も折れるしかなかった。
キッチンを千代子に任せ、部屋に帰って来た司は「ちょっと浴びてくるね」とバスルームに行ってしまった。残された千代子はやっぱり体調が悪いんだ、と見上げた時に感じ取った司の顔色と気配にメニューを考える。今や勝手知ったる冷蔵庫を開けて昨日、自分が炊いて持ってきたご飯が詰まった保存容器を取り出して片手鍋を用意する。
特に要望は無いようだったがシャワーを浴びて軽く食事を摂ったら少し横になるかな、と消化に優しい粥を作り始めた。
どこに何が入っているか、野菜室にはどんな野菜が残っているか。この部屋の主である司よりも把握している千代子。使いかけのそれらを出し、丁寧に細かく刻んで行く。これなら硬い根菜もすぐに柔らかく、胃腸への負担も少なく水分も摂れて一石二鳥だった。
どうしようもなく疲れた日のこの野菜粥が美味しいのは千代子もよく知っている。何も作る気が起きなくても無心になって野菜を刻み、いつもより控えめな調味料で味付けをすればほんのりと野菜の甘みが感じられる優しい味の粥。きっと司も気に入ってくれるに違いない、と今までこの野菜粥を誰かの為に作ったことはなかった千代子だったが司の為に丁寧に、丁寧にと手を動かす。