千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~


 千代子を前にした自分はいつものソトヅラの良い冷めた面を呆気なく剥され、心は熱くなって揺れ悶え、言動の選択をいくつも間違えていた。

「いえ……そう言ってもらえるなんて、嬉しいです」

 恥ずかしそうに言う千代子の声が、温かなお粥のお陰なのかほんのりと血色が戻ってきている司の耳に届く。

「誰かに頼って貰えるのって、幸せなことですから」

 彼女の持つ、優しい理念。
 時にそれは自身の負担にもなってしまうが千代子は下を向いてしまった司の手元にある粥の器を見つめながら言葉を続ける。

「私、いつの間にか疲れてるのに夜も全然眠れなくなっていて、眠れないと本当に駄目ですね。朝までずっと自分の事を責めて、誰にも褒めて……認めて貰った事なんてなかったな、って無駄に考えちゃって。全部、嫌になっちゃって……もう全部投げ出してしまおうと思って、会社も辞めちゃって」

 少し、涙の混じる声に司も顔を上げて千代子の方を向く。

「かなり自棄になってたかも、って冷静に考えられるようになった頃に司さんとまた会えて。司さんは子供の頃と全然変わってなくて、やさしくて。お仕事まで頂いてしまって、それで」

 また、千代子の瞳からぼろぼろと大粒の涙がこぼれてしまう。
 拭わず、流れるままの雫がなめらかな頬を伝う。

「おいしい、とか、ありがとう、とか……それだけでも、うれしくて、また頑張れるかな、って。それに最近はちゃんと、眠れるように……なったんです」

 泣いているのに、千代子は眉尻を下げて恥ずかしそうにしている。涙が止まらないのに、その手は菜箸を手放していない。
 きっとそれが今、彼女が持っている、持てるだけの強さ。本当はもっと強い意思を持った女性なのだと知っている司だからこそ、今の千代子の精一杯を感じ取る。

 司は二人だけの、二脚しか椅子のないダイニングテーブルの席から立っていた。
 そしてそのままキッチンに回り、堪えきれなくなって下を向いて泣いている千代子の体を引き寄せるように正面からそっと抱き締める。
 いよいよ本格的に泣き出してしまう体が熱く、それなのに肩は震えていた。それを落ち着かせようと、どうかこの涙を最後にしてあげたい、と司は僅かにあった躊躇いを捨ててその背中に手を当てる。

「ちよちゃん……」

 危ないから菜箸置いて、と取り上げれば今度は自分の着ていたスウェットが強く握り締められた。身長差のある千代子と司。彼の大きな手のひらは千代子が負った心の痛みを手当てするように優しく、涙が引くまでとんとん、と落ち着かせるように添えられていた。

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