千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~
千代子の考える美味しい物、は何でも美味しい。
今日は二人でキッチンに立って他愛もない会話をしたり、近所へ買い物にも出掛けた。昼を回って三時あたりではおやつもしたし、リビングのテレビも付けっぱなしで最近配信が始まった人気のホームコメディ映画をソファーに並んで座って観賞したりもした。
日が沈み、夜になれば二人向き合って、いつもとは一味違う豪華な食卓を囲む。
そのお供には司が買ってきてくれていたワインもあった。お昼に一杯ずつ飲んだその残り。
薄く切り、軽く焼いたカンパーニュに司が初めて作ったフレッシュなカッテージチーズを乗せて味わう。そんな大人同士の特別な休日の夜。
メインディッシュにはドイツソーセージ。カッテージチーズを作った際に出た乳脂肪分の抜けた少し酸味のある水分も入れて作ったポトフや千代子が作りたいと言っていたちょっと豪華なポテトサラダなど、時間がある時にしか出来ない料理を二人で囲む。
そして「美味しいね」と伝え合う。
今日の料理は少し西欧寄りだったから今度する時は、と二人で話し合う楽しさ。
ここ最近はどうしても司が仕事や食事会で帰りが遅く、食前酒からゆっくり二人で味わう事なんて無かったせいで千代子も少し、ワインが進んでしまった。
夜も良い頃合い、先に千代子にお風呂を勧めた司も入浴を済ませ……意を決したようにマッサージジェルのチューブを握り締めた千代子が「背中をマッサージさせてください」と言う。
断るわけがない司は数日前から千代子が企てていたのはこの事だったのか、と風呂上りのせいだけではない千代子の頬の赤さに了承する。そして二人は司の寝室へ……着たばかりの寝間着の上衣と中に着ていた半袖の肌着も脱いで、司は千代子に素肌を曝け出す。
司の寝室には明りが灯ったまま。
その下で墨色の濃淡のみで彫られた渋い色合いの入れ墨の墨色が筋肉質で張りのある肌に鈍く光る。
「うつ伏せになって貰ってもいいですか」
恥ずかしさからか少し声が小さくなっている千代子に言われるがまま、司は広めなベッドの上にうつ伏せになれば「痛かったら言ってくださいね」と言われてゆっくりと頷く。
ごくほのかに香るボタニカルハーブの澄んだ青い香り。
失礼します、と傍らに膝立ちになった千代子が墨色の背に指先でそっと触れる。
初めて見る訳じゃ無い司の入れ墨。
よく見せて貰ったことだってある。それでもこんな風に触れる機会は今まで無く、服の上からスキンシップ程度の肩もみをしたくらいだった。
お互いが素肌になって愛を交わす営みより淡い時間。忙しい司の日々の疲れを押し流すように、少し多めに出したマッサージジェルで千代子はゆっくりと、大きな背中を丁寧に揉みほぐしていく。
「痛くないですか?」
その言葉はいつも司が――まあそれは夜の営みの時間の話ではあったがよく聞いてくれる気遣いの言葉。それを今は千代子が問いかける。
「大丈夫、気持ち良いよ」
それなら良かった、と千代子は司の背中や肩、腕に丁寧に触れる。
入れ墨をする事を決めた当時の司の心境は千代子には分からない。でも、優しい人だと言うのは昔から変わっていなかった。
それだけで十分。
今の充実した生活が全てを物語っているのだから、大丈夫。
「ちよちゃん」
「はい?」
今はもう、恋人同士以上の関係に近い二人の静かなスキンシップの時間は司の「今度は私の番」と起き上がってしまった動作によって破られる。
足を崩して座ったまま目を丸くさせている千代子の傍らに置いてあるマッサージジェルのチューブ。流行りのオーガニックブランドのロゴが印字されているそれは司も知っているブランドだった。
肩がすごく軽くなった、と素肌のままにこにこしている司がそれを手に取りまさか……と、意識に隙が生じた瞬間にはもう、しっかりと形勢逆転と言わんばかりに千代子の一回り小さい体はベッドに押し倒されていた。