千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~
ひ、と肩を竦めた千代子。
「ごめん、冷たかった……?」
そう言えばさっき千代子がしてくれた時はもう、マッサージジェルはひと肌程度に温かだったな、と司は自分のジェルに濡れている手を見て思う。
ちょっとしたスキンケア用品くらいしか扱った事の無い司。どうやら千代子は手のひらで温めてから触れてくれていたらしい。
「不本意、って顔してる」
「それは……そうです」
恥ずかしい、と千代子は枕元に畳んで置いておいたバスタオルを胸に抱いていた。仰向けに押し倒されたものの転がされ、背中をマッサージしてくれるかと思いきや。普通に寝間着やら、剥かれてしまっていた。しかも司は体重はさほど掛けていなかったがしっかりと太もものあたりに跨いで座っているので、逃げられない。
「柔らかいね」
本音の言葉が千代子に落ちる。
司の大きな手でウエストや肩まわりを丹念に撫でられ、恥ずかしさに寄せていた千代子の眉が観念したのか次第にほどけ、どこかうっとりとしたような艶のある表情に変わっていく。
その表情の移り変わりが司は好きだった。
普段の穏やかな生活から得られる何ものにも代えがたい充足感とはまた別の、肌が触れ合う時にしかない愛しさと言うものが司の心に沁みていくが……それは千代子も同じだった。
墨色の司の背に触れられるのはきっと自分だけなのだと言う、彼女にしては珍しい淡い独占欲が心に滲んでいた。でもきっとこれは今日のワインが美味しくて、少し酔いが回ってしまったから、と心に少しだけ言い訳をする。
それなりの年齢の大人同士。
体力任せに愛し合うのではなく、互いにゆっくりと気の向くままに抱き締めあったり首筋に顔をうずめたりと……忙しい日々の束の間の時間を惜しむように、心の底からふ、と漏れ出るような甘い吐息を交わす。
言葉に出来ない愛おしさを、抱き締める事によって相手に伝え合う。
「ふふ……っ」
司の背に腕を回した千代子が「すべすべですね」と笑う。
それを言うなら千代子の方が何倍もすべすべで柔らかいのに、と司は思うが控えめな彼女からの積極的な感想は彼にとっては大歓迎だった。
楽しかった休日の締めくくり。
もう十分に癒されている。
今日一日どころか数日前から自分の為に悩んだり、今日だって美味しい料理を作ってくれた上にマッサージまでしてくれた千代子。司も準備してくれた彼女を初めは労わろうと思っていたのだが、愛しさと、しっとりといい匂いのする肌に純粋な欲が沸いて。
今日は照明が付いている寝室。
時間は進み、シーツか、それともクッションの端か……何かを掴もうとしてさ迷う千代子の左手薬指に填まっている親愛の丸い形を見た司はそっとその手に自らの右手を絡みあわせて「握っていて」と手を繋ぎ合う。
大人二人の甘く、ゆっくりとした夜の交わりもそろそろ終わりを感じる。アルコールが入っているせいか首筋まで赤くなっている千代子はなんとなく、今夜の司がどこか遠慮をしているような気がしてきゅっと繋いだ手を強く握る。
「つかささん、我慢しないで」
前にも伝えた。
自分の体は大丈夫だから、ちょっと明日の朝が遅くなるくらいだから……その感情を今なら受け止められるから、と。
「ちよちゃん……でも」
いつしか首筋だけでなく目元も赤く潤んでいるのに、真剣な千代子の瞳に見上げられた司は息を飲む。覚悟とか、そう言う気配は今までもあったけれど。丸い瞳にじっと見つめられ、甘い囁きを受けてしまうと、心が揺れる。
「いっぱいして、いいのに」
普段は揺らぎなどしない感情が千代子を前にするとどうしようもないくらいに揺れ動いて、でもそんな自分の姿を千代子は優しく受け止めてくれていた。敬語の多い千代子が砕けた喋り方をする時、それは彼女の本心であるのだと司も知っている。
千代子は自分だけの宝物のような存在。
腕の中にしまいこんで、外になんか出したくない。
でもそんなこと、現実的じゃなくて。
ぎゅっと握り合った手はそれぞれに力が籠められ――二人だけの甘くてちょっとだけ刺激的な夜が更けていく。
翌日もまた休日、日曜日。
朝からシャワーを浴びてやっと目が覚めたような千代子をリビングのソファーに座らせ、ドライヤーを片手に髪を乾かしてやっている司の姿があった。それは司の希望でもあり「一度、パートナーの髪にドライヤー、って言うのをやってみたかったんだけど」と朝、千代子はベッドの中で伝えられていた。
でもこれだと結局は司の体は休まっていないような気がするけれど……本人が嬉しそうなので、と千代子は大人しく座って今日のお昼と夜は何にしようかな、とスマートフォンを手に検索をする。
「余念がないね」
ドライヤーを止めてヘアブラシを手にした司が千代子の肩口から手元を覗き込む。
「司さんにはゆっくりして貰おうって決めた週末ですし」
「うん……」
まだ湿気ている千代子の髪から香る花の甘い匂いにうっかり“誘われ”そうになる司だったが流石に昨日の今日では千代子の体に大きな負担となる。それは絶対に駄目だ、と自らに言い聞かせ……司は自身の考えていた事を言葉にする。
「ちよちゃん。これは私たちが暮らすにあたってとても大切なことだから言うけど、もし家事をしてくれるのが大変な日があったら遠慮なく言って……いや、言わなくても私は全然構わないから」
ちよちゃんのペースで、と言う司にうん、と千代子は頷く。
この一回り小さい背中が頼りない訳じゃ無い。どうか頑張りすぎないで欲しいとの司の願い。もっと自分に寄り掛かって甘えて良いんだよ、と。
「司さんも」
髪を乾かして貰う為に背を向けていた千代子は「ね?」と振り向いて言う。
見事に言葉を返されてしまったと気が付いた司も振り向いたまま見上げ、返事を待っている優しい千代子に深く頷く。
「それなら今日のお昼は一度食べてみたかったお店のデリバリーでも良いですか?」
千代子の期待に満ちたきらきらした瞳で問われた司もうんうんと快諾しながら「どんなお店なの?」と会話が華やいで行く日曜日の朝。
仲良くスマートフォンを覗き込む休日の二人の姿がそこにはあった。
おしまい。
・・・あとがき・・・
本編完結後も本棚登録などしていただきありがとうございます。『千代子と司』は当時、初めて書いたオリジナルTL小説だったので個人的に思い入れが強く、読んでいただけて本当に嬉しく、励みになっています。
まだまだいくつか単話がありますのでお付き合いいただけたら嬉しいです。


