低温を綴じて、なおさないで



ここからでも、向こうのテーブルの声が鮮明に聞こえる。というか、聞きたくて、全神経を耳に集中させていた。


耳だけ向こうに投げ込むように、彼にまつわる音をひとつひとつ、掬い上げた。頭の中で文字を可視化させて、浮かばせる。




「矢野せんぱ〜い!」


「葉月ばっかずりぃな〜!」





────矢野葉月。




かき集める。わたあめのお砂糖をかき集めるように。彼にあつまる声を拾い上げていったら、“矢野葉月”という綺麗な名前が浮かび上がった。



太陽みたいな彼の名前は真逆、月がつく。それもなんだか、なんでかわからないけれど良いなって思った。




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