低温を綴じて、なおさないで
絡む腕を振り払おうとしたところで、空間に転がり込んだ声。
俺が世界で一番よく聞いた声。世界で一番好きな声。
「栞、」
そういうのじゃ、ないから。言い訳したいのに案外言葉は出てこないらしい。
「森田真咲、さん」
「あ、栞先輩」
一応同じ高校の先輩後輩だ。先輩、なんて呼んでたのか。
面識があったなんて知らなかった。
「真咲さん、ごめんね。あなたを傷つけてしまったことは事実だと思う。でも今は違うから。わたしだって、直のこと取られたくないの」
「…………栞、」
強く言い切った栞になんの迷いもなくて、何を言えばいいのかわからなくなった情けない俺。それでも早く、栞を抱きしめたくて仕方なかった。
誰のものにもならないで。俺のものに、なんて言わないから、ただ、俺だけ見ていてほしい。
「直」と二文字が、きみに呼ばれるだけで宝物のようになる。心地良く落ち着いている、クリーム色のような声色。続けて栞は俺の目をまっすぐ見て、特権を投げ込んだ。愛おしさの灯る瞳に、吸い込まれそうだ。星を降らせるような魔法の合図。
電子に投げ込まれる“新着メッセージ 1件”が初めて栞のやさしい声音に乗せられた。
「今週の土曜、21時」