恋より仕事と決めたのに、エリートなお隣さんが心の壁を越えてくる
一瞬何を言っているのかわからなかったものの、意味深な目で顔を覗き込んでくる真城さんからふわりと漂う香りに、あっと思い当たる。
この香り、真城さんが引っ越してきた日にくれた洗剤。……彼は日常的に使っていたんだ。
実は今、私が纏うブラウスからも、同じ匂いがしている。元々自分が使っていた洗剤が空になり、つい最近使い始めたばかりなのだ。
だからって別に真城さんと同じ洗濯機で洗っているわけじゃないのに、どうしてそう周囲を誤解させるような言い方ばかりするの……!
軽くパニックに陥っていると、針ヶ谷さんが舌打ちするのが聞こえた。
「……んだよ。やっぱお前らデキてんのか」
「さあな。ご想像にお任せする」
「さんざん見せつけといて白々しい。ちなみに言っとくけど神崎は面倒くさい女だぞ。せいぜい捨てられないようにな」
真城さんも針ヶ谷さんも、私を無視してなにを勝手なことを言っているのだろう。
どこから否定すればいいのか途方に暮れている間も、彼らはひりついた空気を纏ってにらみ合っている。
「それは忠告か? 負け犬の遠吠えに聞こえなくもないが」
「なっ……! お前、調子に乗るのもいい加減にしろよな」
真城さんの煽りに堪えられなくなったらしい針ヶ谷さんが、そう吐き捨ててスタスタ先を行く。
そして、こちらをチラチラ振り返りながら前を歩いていた女性陣と合流し、「マジあいつ最悪なんだけど」と憎々しげに話し始める。
まだ始まってもいない飲み会の雰囲気が、最悪なものになるであろうことが容易に想像できた。