Star Shurine Gardian ―星の大地にある秘宝の守護者―
新たなる使命
北辰の祠にポラリスが奉納されてから3年の月日が流れた――。
「アルコル、学舎卒業おめでとう!」
ベナが満面の笑みでアルコルを迎える。
「ありがとう、ベナ。これで紫微垣の使命に専念できるよ」
「ふふふっ、もう少しで一緒に暮らせるね」
ベナの言葉に、アルコルは恥ずかしそうにうなずいた。
3年前、東の都を襲った大海嘯と北の村に降り注いだ鬼雨は、甚大な被害をもたらした。東の都は南側の地域の家ほとんどが床上浸水となり、中には取り壊すものもあった。北の町は人口が少なかったものの、家屋、森、田畑などが水浸しになり、その年の農作物が少なくなるなどの被害となった。
これら一連の災害から、人々は欲望を控えて隣人や自然を愛し、「神への畏敬」を再び持つようになる。北辰の祠に納められたポラリスはその象徴となり、アルコルは北の村で紫微垣としてポラリスを守ることにした。
《人間は愚かな行為を省み、善き行いをするようになるだろう。しかし、いつかまた欲望を優先させる時が来るかもしれない。アルコル、そなたはその時に備えよ》
アルコルが受けた啓示は、くしくもベナとの会話で導き出したものと一致した。そして、これが最後の啓示となった――。
まず、アルコルは北の村に移住した。母親を亡くした12歳の少年が1人で移住するのは異例だが、星の大地を救った英雄として村人に受け入れられた。時同じくして、東の都で家を失った人々が集団移住した。その中に、最愛の恋人であるベナとその家族がいた。アルコルは、彼女の家に居候という形で住むことになる。そして、15歳で学舎を卒業する時、ベナと結婚を前提に2人で暮らすことを約束した。
北の村はにわかに活気づき、村の学舎は生徒が一気に増加した。ベナは移住から1年後に卒業して農家の仕事に就いた。そして今、アルコルが卒業して一緒に暮らす時を迎えたのだった。
2人で暮らし始めてしばらく経った頃、ミザルが訪ねてきた。
「やあ、新居はどうだい?」
冷やかすような、祝福するような口調である。ちなみにアルコルとベナの家は、後に兼貞の祠が建立される位置の近くである。
「楽しくやっているよ。来月には正式に夫婦になるんだ」
アルコルが嬉しそうに答える。初めて会った時の弱虫は、もはや見る影もない。
「ミザルもがんばっているんだってね。東の都の祠は、社が新しくなるって」
「まあね」
ミザルや父親の尽力で、社を遷宮することになったのだ。先の災害のため、神への敬いを強化する狙いもあるのだろう。
さらに、北の町にも祠を増設することが決まったという。祠は、高台の位置にある七つの地点に建てられる。ちょうど津波が止まった地点だ。これが、後世にシリウスたちが回る北斗七星を模した祠になるのである。そして、北辰の祠はそれらに先駆けて新しくなった。
「まさか、メラクの家が資金を出すなんて思わなかったよ」
「まあ、彼女も大変な目に遭ったからな。こうでもしないといけないと思ったんだろう」
ミザルが肩をすくめる。メラクは学舎を卒業すると上級の学舎に進学すると同時に、父親の仕事を手伝い始めた。今回、祠を建立することが決まった時、パトロンになることを父親に進言したらしい。
アルコルは船に乗る機会が何度かあったのだが、船の上で一度だけメラクと再会している。かつての心のねじれた少女の姿はなく、凛とした女性になっていた。
「昔はごめんね。あの時助けてくれたこと、ずっと忘れないよ。あなたは私の心の中に、ずっといるからね」
その一言が、彼女のアルコルへの気持ちを表していた。いじめたことへの謝罪、助けてもらったことへの感謝、そして……淡い気持ちを抱いていたこと。
メラクは「アルコル、ベナちゃんと仲良くね」と微笑みながら語りかけた。数年後の同窓会で一度再会したが、それを最後に生涯で会うことはなかった。
あの日、犠牲になった四人のうち2人が、遺体で発見された。ドゥベーとフェクダである。2人の両親が、身元確認のために北の村を訪れた。遺体を前に、親たちは人目もはばからず泣いていた。ドゥベーは母親からよく殴られていたと聞いたけど、それでも子供として大事に思われていたんだな。フェクダは平凡な家庭だったみたいだけど、それなりに幸せだったのかもしれない。
アリオトとベナトナシュの遺体は今でも見つかっていない。いつか見つかったら、正式に弔うつもりだ。
さて、結婚前。アルコルはベナの実家に行き、夕食を一緒にとった。独身最後の晩餐というところである。
ふと、ベナの母親がアルコルに言った。
「アルコル君、お母さんもきっと喜んでおられるわ」
その言葉に、アルコルは表情を曇らせた。
「そうでしょうか? 母にとって、僕は足手まといでしかなかった気がします」
「そんなことはないわ。あなたはお母さんから生まれて、今日まで生きてきたでしょ?」
それはそうだが…という表情のアルコルに、ベナの母親が言った。
「この世に自分の子供を生み出す…時に命を落としかねないのになぜできると思う? それは、その子を愛しているからよ」
愛しているからよ……その言葉を、アルコルは反芻した。じゃあ、僕も母さんに愛されて生まれてきたの?
ふと、アルコルの頬をつたうものがあった。
「あれ?…おかしいな、泣き虫は卒業したはずなのに…」
するとベナがふわりと優しく抱きしめてきた。
「その涙は泣き虫の涙じゃないよ、アルコル」
アルコルは、ベナの胸に顔をうずめてゆっくりと泣き続けた。
それから数十年――アルコルが紫微垣としてポラリスを守り続けた。そして、彼がこの世を去るまで星の大地の平和は続いたという。
これにて、初代紫微垣・アルコルの物語はおしまい。次回から、二代目紫微垣・フォマルハウトの物語が始まります――。
「アルコル、学舎卒業おめでとう!」
ベナが満面の笑みでアルコルを迎える。
「ありがとう、ベナ。これで紫微垣の使命に専念できるよ」
「ふふふっ、もう少しで一緒に暮らせるね」
ベナの言葉に、アルコルは恥ずかしそうにうなずいた。
3年前、東の都を襲った大海嘯と北の村に降り注いだ鬼雨は、甚大な被害をもたらした。東の都は南側の地域の家ほとんどが床上浸水となり、中には取り壊すものもあった。北の町は人口が少なかったものの、家屋、森、田畑などが水浸しになり、その年の農作物が少なくなるなどの被害となった。
これら一連の災害から、人々は欲望を控えて隣人や自然を愛し、「神への畏敬」を再び持つようになる。北辰の祠に納められたポラリスはその象徴となり、アルコルは北の村で紫微垣としてポラリスを守ることにした。
《人間は愚かな行為を省み、善き行いをするようになるだろう。しかし、いつかまた欲望を優先させる時が来るかもしれない。アルコル、そなたはその時に備えよ》
アルコルが受けた啓示は、くしくもベナとの会話で導き出したものと一致した。そして、これが最後の啓示となった――。
まず、アルコルは北の村に移住した。母親を亡くした12歳の少年が1人で移住するのは異例だが、星の大地を救った英雄として村人に受け入れられた。時同じくして、東の都で家を失った人々が集団移住した。その中に、最愛の恋人であるベナとその家族がいた。アルコルは、彼女の家に居候という形で住むことになる。そして、15歳で学舎を卒業する時、ベナと結婚を前提に2人で暮らすことを約束した。
北の村はにわかに活気づき、村の学舎は生徒が一気に増加した。ベナは移住から1年後に卒業して農家の仕事に就いた。そして今、アルコルが卒業して一緒に暮らす時を迎えたのだった。
2人で暮らし始めてしばらく経った頃、ミザルが訪ねてきた。
「やあ、新居はどうだい?」
冷やかすような、祝福するような口調である。ちなみにアルコルとベナの家は、後に兼貞の祠が建立される位置の近くである。
「楽しくやっているよ。来月には正式に夫婦になるんだ」
アルコルが嬉しそうに答える。初めて会った時の弱虫は、もはや見る影もない。
「ミザルもがんばっているんだってね。東の都の祠は、社が新しくなるって」
「まあね」
ミザルや父親の尽力で、社を遷宮することになったのだ。先の災害のため、神への敬いを強化する狙いもあるのだろう。
さらに、北の町にも祠を増設することが決まったという。祠は、高台の位置にある七つの地点に建てられる。ちょうど津波が止まった地点だ。これが、後世にシリウスたちが回る北斗七星を模した祠になるのである。そして、北辰の祠はそれらに先駆けて新しくなった。
「まさか、メラクの家が資金を出すなんて思わなかったよ」
「まあ、彼女も大変な目に遭ったからな。こうでもしないといけないと思ったんだろう」
ミザルが肩をすくめる。メラクは学舎を卒業すると上級の学舎に進学すると同時に、父親の仕事を手伝い始めた。今回、祠を建立することが決まった時、パトロンになることを父親に進言したらしい。
アルコルは船に乗る機会が何度かあったのだが、船の上で一度だけメラクと再会している。かつての心のねじれた少女の姿はなく、凛とした女性になっていた。
「昔はごめんね。あの時助けてくれたこと、ずっと忘れないよ。あなたは私の心の中に、ずっといるからね」
その一言が、彼女のアルコルへの気持ちを表していた。いじめたことへの謝罪、助けてもらったことへの感謝、そして……淡い気持ちを抱いていたこと。
メラクは「アルコル、ベナちゃんと仲良くね」と微笑みながら語りかけた。数年後の同窓会で一度再会したが、それを最後に生涯で会うことはなかった。
あの日、犠牲になった四人のうち2人が、遺体で発見された。ドゥベーとフェクダである。2人の両親が、身元確認のために北の村を訪れた。遺体を前に、親たちは人目もはばからず泣いていた。ドゥベーは母親からよく殴られていたと聞いたけど、それでも子供として大事に思われていたんだな。フェクダは平凡な家庭だったみたいだけど、それなりに幸せだったのかもしれない。
アリオトとベナトナシュの遺体は今でも見つかっていない。いつか見つかったら、正式に弔うつもりだ。
さて、結婚前。アルコルはベナの実家に行き、夕食を一緒にとった。独身最後の晩餐というところである。
ふと、ベナの母親がアルコルに言った。
「アルコル君、お母さんもきっと喜んでおられるわ」
その言葉に、アルコルは表情を曇らせた。
「そうでしょうか? 母にとって、僕は足手まといでしかなかった気がします」
「そんなことはないわ。あなたはお母さんから生まれて、今日まで生きてきたでしょ?」
それはそうだが…という表情のアルコルに、ベナの母親が言った。
「この世に自分の子供を生み出す…時に命を落としかねないのになぜできると思う? それは、その子を愛しているからよ」
愛しているからよ……その言葉を、アルコルは反芻した。じゃあ、僕も母さんに愛されて生まれてきたの?
ふと、アルコルの頬をつたうものがあった。
「あれ?…おかしいな、泣き虫は卒業したはずなのに…」
するとベナがふわりと優しく抱きしめてきた。
「その涙は泣き虫の涙じゃないよ、アルコル」
アルコルは、ベナの胸に顔をうずめてゆっくりと泣き続けた。
それから数十年――アルコルが紫微垣としてポラリスを守り続けた。そして、彼がこの世を去るまで星の大地の平和は続いたという。
これにて、初代紫微垣・アルコルの物語はおしまい。次回から、二代目紫微垣・フォマルハウトの物語が始まります――。