Star Shurine Gardian ―星の大地にある秘宝の守護者―

ポラリスの奉納

 アルコルたちは、北の村の北斗七星の位置に高台を通って進んできた。そのさらに北には、北極星にあたる場所――北辰の祠がある。
 アルコルは、山津波で木々が流された道を駆け上っていく。ところどころに泥水の滝があり、うっかりすると足を踏み外しかねない。慎重に、しかしできるだけ速く山頂を目指した。
 やがて森を抜けると、目の前には岬があった。その中央には小さな祠がある。
「これが……北辰の祠!?」
 岬の際には、朽ち果てた祠があった。社の屋根はぼろぼろになっていて、木でできた梁や壁は腐っている。その中央には台座があった。
 こんな大切な祠なのに、何でこんな……。
《民が神を敬う気持ちを忘れた。その結果がこれだ》
 啓示が聞こえる。
《古来、人間が自分たちで要石を探して納めていたのだ。しかし、いつの間にか神への敬いを失い、欲望を優先させ、祠の整備をも忘れてしまった》
 アルコルは拳を握る。結局は、僕ら人間の自業自得ということなのか……。
 かばんから急いで秘宝――ポラリスを取り出し、祠に置いた。すると、

 ゴオンッ

 という音と共に地鳴りがやんだ。
《アルコル、よくやった。これでポラリスの奉納は終わった。そなたは使命を果たしたのだ》
 終わった――啓示を受けてから、五車の島で紫微垣の力に開眼し、ポラリスを奉納するため北の村までやってきた。日数にすれば十日ほどのことだったが、長い時間がかかったような気がする。

 祠から駆け下りてミザルたちと合流した。ミザルはさすがに肝がすわっていて、山津波にも動じなかった。メラクとメグレスは、目の前でアリオトが流されたこともあり震えていた。ベナトナシュが流されたことは視認したが、ドゥベー、フェクダはどうなったか分からない。
 高台から低地に降りようとして海沿いを見た。北辰の祠から、後世の武曲の祠付近を通り、貧民街の一部になるであろう箇所まで、水圧でえぐられたような跡がある。山津波のすさまじい破壊力を物語っていた。
 犠牲者が出たようだが、この時代の人口はまだ少ない方だったので、土砂災害の威力にしては少数だった。しかし、死んだ者やその家族からすれば、災害の惨さを知るには充分すぎるほどだった。

 アルコルたちは夜が明けてから船に乗り込み、東の都に戻った。航海中、「お嬢さま、無事でしたか!!」と、メラクの船会社の船員たちが甲板に駆け寄ってきた。迎えはもう少し先の日程だったが、北の村の山津波で心配になり、急いで来たのだという。
「ありがとう、大丈夫だから…」
 メラクはすでに服を着替えていた。アルコルから借りた服は、冒険の最中ぼろぼろになってしまったのである。船員たちの言葉に気丈に応えたが、本当は大丈夫じゃなかった。男2人に襲われそうになったり、森で自殺者を見たり、さそりに怯えたり、そして失恋したり……。
「東の都でも大海嘯が起きたんですがね、船は全部無事です。何とか一隻出して、こうしてお迎えにあがったわけですが……」
 この言葉に、アルコルがピクッと反応する。大海嘯? ベナは無事だろうか? 確か、海に近い場所に住んでいるはずだ……。
(ベナ、お願い。無事でいて)
 多くの人を失ったアルコルは、そう願わずにはいられなかった。

 大海嘯――星の大地をたびたび襲ってきた最大級の自然災害である。が、この時代の大海嘯は、シリウスの時代に比べ、津波の浸食は半分程度だった。それでも、逃げ遅れた者が津波に飲み込まれている。ついさっき波が引いたというから、これから死者・行方不明者の捜索が始まるはずだ。
 城の近くにある大きめの建物――城の警備兵の練兵場のようだが、そこに仮設テントが建てられ、避難所となっている。アルコルはその避難所を歩いてみた。ベナに教えてもらった住所の地域は津波にやられている。逃げたのであればここにいるだろう。
「お願いベナ、生きていて……」
 祈るような気持ちできょろきょろしていると――見覚えのある赤い髪のポニーテールが目に入った。その人物は、偶然にもアルコルの方を振り向いた。
「ベナ!」
「アルコル!」
 二人は駆け寄り、抱き合った。よかった、生きていたんだ……!
「アルコル! ありがとう、来てくれて!」
 アルコルの頬にキスをするベナ。一緒に来たメラクはその様子を見て切なくなった。
(あの子がアルコルの……)
 嬉しそうに再会した2人の間には――とても入り込めそうになかった。メラクは涙で潤んだ目をこすり、その場を後にした。

 2人は建物の外に出て、お互いにいきさつを話した。ベナは、明け方に地震があったので、急いで家族とここまで避難したのだという。寝起きをむりやり起こされてボーッとしていたが、大海嘯で町が飲まれていく光景を見て、恐ろしくなった。
「家、流されちゃったんだよね。ごめん、僕がもっと早く奉納できていたら……」
 いたたまれない気持ちになった。津波で亡くなった人、家族や友人を亡くした人、家を流された人……本当はもっと早くポラリスを奉納すべきだった。紫微垣になったものの、戦い方が未熟なため、助かるはずの人たちを助けられなかった。
 しかし、ベナは優しく微笑む。
「アルコルはがんばってくれたもの。自分を責めないで。もし責任があるとしたら、それは神様のことを忘れた人間全員にあるんだから」
 アルコルはハッとした。今回の大海嘯は、人々の記憶に残るからしばらくは語り継がれていくだろう。が、世代が変わった時、災害を経験したことのない人たちは、また神への敬いを忘れるかもしれない。家族への愛をないがしろにして、自然を軽んじて、欲望を優先させる生き方――これが、星の大地に禍をもたらしているのだ。
「ありがとう、ベナ」
「え?」
「僕は、次に何をすべきなのかが見つかったよ」
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