Star Shurine Gardian ―星の大地にある秘宝の守護者―
東の都の大市場
「フォマルハウト! 早くしてよ!!」
「はいはい」
妻のシャウラにまくしたてられ、フォマルハウトは背中の赤ん坊をあやしながら歩く。この一家は、夫であるフォマルハウトの仕事の休日に、東の都の大市場に来ていた。
「たまの休みなんだから、しっかり家族に付き合ってよ!!」
「はいはい」
「はいはいって、ちゃんと聞いているの!?」
シャウラは、フォマルハウトに対して苛立たしげに怒鳴る。フォマルハウトは「またか」と思いつつ、「聞いているよ」となだめながら返した。
新婚の頃はかわいい女性だったのに――子供が生まれたあたりから本性が現れてきたのか、横暴な態度が目立ち始めた。こんな家庭は想像していなかったなあ……。
「ふええんん、うえええん!」
背中の赤ん坊が目を覚まし、泣き始める。
「おお、よしよし、ミアプラ」
娘をあやしながら、フォマルハウトは先に行く妻を追いかけた。
大海嘯と鬼雨から300年――星の大地はあの災害を知る世代が霊界に旅立って久しい。被災した沿岸部は、人の居住地をなるべく少なくし、大海嘯が起きても津波の水の勢いを殺せるように町が設計され、再建されてきた。
しかし200年が経過した頃、都市の再開発が始まり、かつての町並みに戻っていった。ちょうど初代紫微垣・アルコルが啓示を受けた時代のように――。
人々も神への畏敬を忘れてしまった。300年というと、一世代30年としたら十世代になる。大海嘯や鬼雨のことは語り継がれてきたものの、もはや昔話となっていった。ましてや、ポラリスを祠に奉納して天変地異が治まった話など「迷信だ」と考える人も出てくる始末である。
さて、そんな時代の大市場は物質的な豊かさを享受していた。店という店に物品があふれ、人々は買い物を楽しんでいる。フォマルハウトの一家もそうだった。
「ねえ、これミアプラの服にいいんじゃない?」
「あ、あのまんじゅうおいしそうよ」
「ねえ、生返事しないでちゃんと聞いてよ!」
シャウラは次から次へと、矢継ぎ早にまくし立てる。フォマルハウトは少々うんざりしてきた。
(はあ、休日のたびに大市場に繰り出すのもなあ……)
家にいたら妻も娘もふさぎ込んでしまうため、なるべく外に出るようにしている。が、0歳児を連れて出られる場所は、公園か大市場に限られているのだ。大市場なら買い物はもちろん、授乳スペースやおむつを変える場所も充実していて過ごしやすい。食事の時もフードコートがあって座卓がある店も多いため、子供を食べさせるのにおあつらえ向きである。小さな子供連れでは、おしゃれな喫茶店や服の店にはとても入れない。子供がはしゃいで何をするか分からないからだ。
フォマルハウトは、左手でミアプラにおにぎりやみそ汁を食べさせながら、右手で自分のそばを食べる。両方の手を同時に、しかも別々に動かせるようになったのは、日々の育児で鍛えられているためだろう。
一方、シャウラは自分の定食をおいしそうに食べる。専業主婦のシャウラは、普段は1人での育児――いわゆるワンオペ育児をしているので、フォマルハウトが休日の時は、ここぞとばかりに食事を楽しむ。「母親は1人でやっているんだから、あなたも1人でやってよね」が口癖で、手を貸してくれることはない。
「フォマルハウト?」
ふと声を掛けられて振り向く。そこには、端正な顔立ちの男が立っていた。赤い髪に赤い瞳、切れ長の目と色黒の肌、体はスラッと細いながらも引き締まっている。現実世界では、湘南の海でサーフィンをすると似合いそうだ。
「アンタレスか?」
フォマルハウトは立ち上がった。部署は違うが、職場の同僚である。
「奇遇だな、こんなところで会うなんて…ご家族か?」
「ああ、妻のシャウラに娘のミアプラだよ」
フォマルハウトが紹介すると、それまでボーッとしていたシャウラが笑みを作り、立ち上がる。
「いつも主人がお世話になっています。妻のシャウラです」
瞬時に表情が変わった。「外面がいい」と常々思っていたが、ここまで態度を早く変えられるとなると、もはや特技だろう。心なしか、頬も赤いような……。
「こちらこそ。アンタレスと言います、ご主人とは違う部門ですが、同期で……」
「じゃあ、城のお役人なんですね」
少し話した後、アンタレスは「じゃあ、家族水入らずを楽しんで…」と去って行った。
「かっこいい人ね。いいなあ、あんな人と一緒に働けて……地味なあなたとは大違いね」
夫の前でそれを言うか、と思いつつも聞き流すフォマルハウトだった。
フォマルハウトもアンタレスも東の都の役人である。役人と言っても、武官、文官と大別し、その下に部門がいくつかある。武官は警備兵や警察で、都の治安を守る。文官は医療、広報、総務などで、都の人々の暮らしを円滑にする役割がある。
フォマルハウトは広報部門の記者で、東の都の新聞『昴新報』の仕事に携わる。物事を冷静に見極める洞察力、情報を記事に手早く落とし込む筆力は突出していて、都の支配者・アルデバラン王からも一目置かれているほどだ。
アンタレスは医療部門の医師で、主に内科を担当するほか、毒から薬を調合する技術も持っている。若いながらもその腕は確かで、同じく王からの期待は大きい。
しかし――ある自然災害が、彼らの運命を大きく動かすことになる。
「はいはい」
妻のシャウラにまくしたてられ、フォマルハウトは背中の赤ん坊をあやしながら歩く。この一家は、夫であるフォマルハウトの仕事の休日に、東の都の大市場に来ていた。
「たまの休みなんだから、しっかり家族に付き合ってよ!!」
「はいはい」
「はいはいって、ちゃんと聞いているの!?」
シャウラは、フォマルハウトに対して苛立たしげに怒鳴る。フォマルハウトは「またか」と思いつつ、「聞いているよ」となだめながら返した。
新婚の頃はかわいい女性だったのに――子供が生まれたあたりから本性が現れてきたのか、横暴な態度が目立ち始めた。こんな家庭は想像していなかったなあ……。
「ふええんん、うえええん!」
背中の赤ん坊が目を覚まし、泣き始める。
「おお、よしよし、ミアプラ」
娘をあやしながら、フォマルハウトは先に行く妻を追いかけた。
大海嘯と鬼雨から300年――星の大地はあの災害を知る世代が霊界に旅立って久しい。被災した沿岸部は、人の居住地をなるべく少なくし、大海嘯が起きても津波の水の勢いを殺せるように町が設計され、再建されてきた。
しかし200年が経過した頃、都市の再開発が始まり、かつての町並みに戻っていった。ちょうど初代紫微垣・アルコルが啓示を受けた時代のように――。
人々も神への畏敬を忘れてしまった。300年というと、一世代30年としたら十世代になる。大海嘯や鬼雨のことは語り継がれてきたものの、もはや昔話となっていった。ましてや、ポラリスを祠に奉納して天変地異が治まった話など「迷信だ」と考える人も出てくる始末である。
さて、そんな時代の大市場は物質的な豊かさを享受していた。店という店に物品があふれ、人々は買い物を楽しんでいる。フォマルハウトの一家もそうだった。
「ねえ、これミアプラの服にいいんじゃない?」
「あ、あのまんじゅうおいしそうよ」
「ねえ、生返事しないでちゃんと聞いてよ!」
シャウラは次から次へと、矢継ぎ早にまくし立てる。フォマルハウトは少々うんざりしてきた。
(はあ、休日のたびに大市場に繰り出すのもなあ……)
家にいたら妻も娘もふさぎ込んでしまうため、なるべく外に出るようにしている。が、0歳児を連れて出られる場所は、公園か大市場に限られているのだ。大市場なら買い物はもちろん、授乳スペースやおむつを変える場所も充実していて過ごしやすい。食事の時もフードコートがあって座卓がある店も多いため、子供を食べさせるのにおあつらえ向きである。小さな子供連れでは、おしゃれな喫茶店や服の店にはとても入れない。子供がはしゃいで何をするか分からないからだ。
フォマルハウトは、左手でミアプラにおにぎりやみそ汁を食べさせながら、右手で自分のそばを食べる。両方の手を同時に、しかも別々に動かせるようになったのは、日々の育児で鍛えられているためだろう。
一方、シャウラは自分の定食をおいしそうに食べる。専業主婦のシャウラは、普段は1人での育児――いわゆるワンオペ育児をしているので、フォマルハウトが休日の時は、ここぞとばかりに食事を楽しむ。「母親は1人でやっているんだから、あなたも1人でやってよね」が口癖で、手を貸してくれることはない。
「フォマルハウト?」
ふと声を掛けられて振り向く。そこには、端正な顔立ちの男が立っていた。赤い髪に赤い瞳、切れ長の目と色黒の肌、体はスラッと細いながらも引き締まっている。現実世界では、湘南の海でサーフィンをすると似合いそうだ。
「アンタレスか?」
フォマルハウトは立ち上がった。部署は違うが、職場の同僚である。
「奇遇だな、こんなところで会うなんて…ご家族か?」
「ああ、妻のシャウラに娘のミアプラだよ」
フォマルハウトが紹介すると、それまでボーッとしていたシャウラが笑みを作り、立ち上がる。
「いつも主人がお世話になっています。妻のシャウラです」
瞬時に表情が変わった。「外面がいい」と常々思っていたが、ここまで態度を早く変えられるとなると、もはや特技だろう。心なしか、頬も赤いような……。
「こちらこそ。アンタレスと言います、ご主人とは違う部門ですが、同期で……」
「じゃあ、城のお役人なんですね」
少し話した後、アンタレスは「じゃあ、家族水入らずを楽しんで…」と去って行った。
「かっこいい人ね。いいなあ、あんな人と一緒に働けて……地味なあなたとは大違いね」
夫の前でそれを言うか、と思いつつも聞き流すフォマルハウトだった。
フォマルハウトもアンタレスも東の都の役人である。役人と言っても、武官、文官と大別し、その下に部門がいくつかある。武官は警備兵や警察で、都の治安を守る。文官は医療、広報、総務などで、都の人々の暮らしを円滑にする役割がある。
フォマルハウトは広報部門の記者で、東の都の新聞『昴新報』の仕事に携わる。物事を冷静に見極める洞察力、情報を記事に手早く落とし込む筆力は突出していて、都の支配者・アルデバラン王からも一目置かれているほどだ。
アンタレスは医療部門の医師で、主に内科を担当するほか、毒から薬を調合する技術も持っている。若いながらもその腕は確かで、同じく王からの期待は大きい。
しかし――ある自然災害が、彼らの運命を大きく動かすことになる。