Star Shurine Gardian ―星の大地にある秘宝の守護者―

都への帰還と異変

 その日はもう遅かったので、近くの民宿に泊まることにした。祠を去る時、アルコルが「一応、君が二代目紫微垣ということでいいよね?」と打診を受けたので、結局継承することになった。ずいぶんあっさり継承するんだなあ。一介の役人が突然紫微垣になるとは…人生は何が起こるか分からない。
 さて、宿に着いてから先に風呂に入った後、フォマルハウトは紙に文章を書き始めた。アルデバラン王への報告書と『昴新報』の記事の下案である。フォマルハウトは、すさまじい早さで手を動かし、文字を書き込んでいく。
「ただいまー、あら、仕事熱心ね、ハウト」
 風呂から上がってきたカペラが言った。
「ああ、取材したことを忘れないうちに書き込んでおこうと思ってね」
 もっとも、帳面にメモをしているので忘れることはない。が、取材したらなるべく早く文字に起こした方が記憶も新鮮で、後々やりやすいのである。
「ねえ、ハウト。ごほうびあげた方がいいかな?」
「ごほうび?」
 手を止めずに聞き返すフォマルハウト。目線は紙に落としたままだ。
「紫微垣とかポラリスとか、妖星疫との因果関係とか取材したじゃない。王様も上司も喜ぶわよ。だから、私が体をあげて癒やしてあげようかなって……」
 走らせていた鉛の筆が、ボキッと音を立てて折れた。
「な、何言っているんだ!? そんなのいいよ!」
 しかし振り向くと、カペラはまたバスタオル1枚である。は? 何やっているんだ!?
さらに、カペラはバスタオルを外して抱きついてきた。全裸である。
「ちょ…」
「既婚者だから黙っていようと思ったけど…私、ハウトが好き…」
 突然の告白である。そんなこと言われても困るだろう…するとカペラはフォマルハウトを押し倒し、強引に唇を重ねた。
「んっ!!」
 カペラの舌がフォマルハウトの前歯に当たった。本気なのか…? カペラの体をどかそうと思いつつも腕が動かない。いけないと思いつつ、カペラを受け入れようとしている自分がいた。シャウラとはうまくいかないことばかりで、この出張から帰ったらまた大変な日々が待っているだろう。だったら、自分に好意を寄せてくれる女性と――。
「っは!!」
 どうにか理性が勝ち、フォマルハウトはカペラをおろす。
「いや、やめよう。気持ちがそうだったとしても、こんなことをしたらお互いに破滅するだけだよ」
「…そうだよね、ごめん」
 少し寂しそうな表情でカペラは服を着始めた。フォマルハウトは「少し残念…」と思いつつも頭を振り、また仕事にとりかかった。

 翌日。2人は船で東の都に戻った。結局、海に投げ出された警備兵たちは行方不明のままだった。気の毒だが、もう生きてはいないだろう。しかし、自分たちの任務は終わったので都に戻って次の仕事を始めなければならない。船上では、カペラとつかず離れずの距離にいた。目が合うとカペラはにこっと切なげに微笑んでくる。「独身だったら、ロマンスになっていたかもな」と思いつつ、フォマルハウトは微笑み返した。

「ただいまシャウラ。出張中、ありがとう」
 自宅に戻ったフォマルハウトは、やや後ろめたい気持ちで玄関を開ける。1週間ワンオペ育児をさせたこと、出張中にカペラとあわや不適切な関係になりかけたことなどが、そんな気持ちにさせたのだ。
 奥のリビングからミアプラの泣き声が聞こえてくる。おむつを替えてほしいのかな? と、靴を脱いで行ってみると、ベビーサークルの中におすわりして泣き叫んでいる娘がいた。
「よしよし、留守番ありがとうね。ミアプラ」
 フォマルハウトは愛娘を抱き上げてあやす。もうすぐ1歳の誕生日を迎える。大変だったけど、よく夫婦でここまで育てたと思うと感慨もひとしおだった。
「はて、シャウラはトイレかな?」
 しかし、トイレにいる気配がない。ミアプラを抱きかかえたまま家中を探したが、いないのである。不審に思いながら、最後に寝室に行ってみると、そこには置き手紙と1枚の紙が置いてあった。
「……え?」
 その手紙を読んで、フォマルハウトは驚愕する。

――私はもう子育てをしたくありません。あなたと人生を共にすることもできません。赤星党に入り、世の中をよくする活動に邁進します。さようなら。

 一緒に置いてある紙は、離婚届であった。どういうことだ!? 離婚!? しかも、1歳にならない子供を置き去りにしてだと!?
 その時、ドンドンドンッ、と玄関の戸を叩く音がした。開けてみると、そこには50代の女性が立っていた。
「お義母さん!?」
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