Star Shurine Gardian ―星の大地にある秘宝の守護者―

シャウラの最期

「やった…成功だ」
 フォマルハウトは尻餅をついた。初めて使う秘剣が、まさかこれほどの威力とは――。
「どういう技なの?」
「おそらく――敵の攻撃と殺意を、そのまま敵に跳ね返すんだろう」
 しばらくすると、星鏡が七星剣に戻ってきた。最後の一つがはまると七星剣が光り、再び使えるように生気に満ちた。
「発動してからしばらくは、他の技を使えないんだろうな…」
 いわば諸刃の技である。成功していなければ、完全に負けていただろう。
「おい、あれ!!」
 ルクバトがシャウラの方を指さす。化け物となっていたシャウラの体が――元に戻った。そして裸の体が――黒くなってひび割れていく。
「か…は…」
 両腕で体を抱くように支えるシャウラ。しかし、ひび割れたところから血がにじみ、肌が割れ落ちていく。
「シャウラ!」
「フォマル…ハウト…」
 駆け寄ろうとするフォマルハウトを、カペラが止めた。
「もうだめよ、奥さんは。さっきの薬の副作用で、体に反動が来てしまったのよ」
 アンタレスが作った大火の薬――皮膚にかければ炎を操り、飲めば人間の細胞を暴走させて強靱な肉体を作るものだったのだろう。使い終わった後はすさまじい副作用が待っていた。アンタレスは両腕を失い、シャウラの体は崩壊していく。その様子を、フォマルハウトは見ているしかなかった。
「フォマルハウ…ト…」
 目に涙を浮かべるシャウラ。苦しいのだろうか、体が震えている。そしてそのまま、窓際に足をずりよらせていく。
 やがて、窓の縁に腰掛けると顔を上げた。その目から流れる涙は、床に落ちる途中結晶になって砕け散っていく。
「苦しい…よ…」
「シャウラ…」
 3年間の結婚生活――思えば妻からはののしられる毎日だった。家事もあまりせず身勝手なふるまいばかりの妻は、娘の育児を放棄して赤星党に入った。アンタレスの口車に乗ってテロ活動に荷担し、そして今――最期の時を迎える。
 シャウラは窓から後ろ向きに身を投げた。その刹那、フォマルハウトは窓に駆け寄って下を見たが、シャウラの肉体は急激に風化するように崩れていき、真下の海面に当たる前にすべて消滅した。
 シャウラ…確かに君には苦労させられた。家を出て行ったから、もう離婚しかないと思った。だけど…
「こんな終わり方しかできなかったのか?」
 初めて会った時、シャウラはとても照れ屋でかわいらしい笑顔をしていた。付き合い始めた時、恥ずかしそうに腕を絡ませてきた。結婚式、永遠の愛を誓った時は潤んだ目でまっすぐに見つめてきた。あんなに愛し合っていたのに…どこで間違ったんだろう。
 フォマルハウトはがくっと膝から崩れ落ちる。その目には涙が浮かんでいた。そして、カペラがフォマルハウトの肩に腕を回し、優しく抱きしめた。

 赤星党は壊滅した。リーダーのアンタレスは駆け寄ると既に息をしていなかった。両腕を焼かれた上、出血がひどすぎたのだ。それ以外の党員は暴走したシャウラに惨殺されたのだ。北河荘の壁や廊下は、党員の血しぶきで凄惨な光景となっていた。後に、この旅館はまた使うことができなくなって取り壊しが決まった。また、このような事件があったことを記録する石碑が作られることになった。
 ただひとつ――奇妙な出来事があった。制圧直後、現場で東の都の警備兵たちによる検分が行われ、その場にいた全員が一旦建物の外に出て1時間ほど会議をした。その後、散乱する遺体を片付けるために再度内部に入った時、遺体が一つ残らず消えていたのだ。ルクバトたちはおおいに慌てて建物の中をくまなく探した。が、結局、遺体はもちろんその破片すら見つけることができなかったのだ。
 この奇妙な出来事の真実は分からなかった。が、数十年後、紫微垣に牙をむく魔剣が襲来した時、その真実が明らかになる――。

 フォマルハウトたちは東の都に凱旋し、事の次第をまずアルデバラン王に報告した。
「…そうか、ご苦労であったな」
 そう言うと、アルデバラン王はいすから降りてフォマルハウトに近寄った。
「ご息女は元気じゃ。フォマルハウト、奥方がいなくなって辛く大変じゃろうが気をしっかりな。何か困ったことがあったら上司やわしに言え。力になる」
「ありがとうございます…」
 フォマルハウトは深々と頭を下げた。妻も義母も亡くなり、両親は既に他界している彼にとって、シングルファザーとなった今は周りの人の助けを借りていかなくてはならない。同時に、役人である自分は恵まれていると思った。他の市民は、一人親になっても助けてくれる者がいないことが多い。そのため、仕事と家事育児が両立できず精神を壊してしまうことがあると聞く。夫婦がそろっていても、ワンオペで育児をするのであれば一人親と変わらない。そしてアンタレスがそこに付け入り、シャウラを党に引き込む要因になった――。
 家庭の不調和を生み出す社会は変えないといけない…フォマルハウトは固く誓った。
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