Star Shurine Gardian ―星の大地にある秘宝の守護者―

35年後

 さらなる仕事として、天漢癒の腕輪を強化した。戦いの前に、肉体を回復させる金色の〝顕〟と対になる銀の〝潜〟を精製したが、その後、腕輪を二つ組み合わせて使うことで、バリアのような膜を作れるようにした。
 また、住居は北の町に移したのだ。場所は兼貞の祠の近くである。ここに、小さな茶屋を開店して、通常は店を営み、有事の際はポラリスを護るために出動するようにした。

** *

 紫微垣を継承してから、35年の歳月が流れた。カノープスは50歳を越え、老境と呼べる年齢になったのだ。
 あれから30年以上…カノープスは一人になっていた――。

 天牢庵解体から3年後、アヴィオールはアルセフィナと結婚して、さらにその後2人の子供を授かった。夢であった絵本作家になり、数々の作品を残すことになる。代表作となる『こぐまのくまろう』は、後世において長く語り継がれるロングセラーとなっていく。
が、彼は50歳を迎える頃、この世を去った。紫微垣の候補生時代に残った体のダメージが原因で40代後半から病気がちになり、肺炎をこじらせたのだ。看取ったアルセフィナも、翌年に他界した。
 ミアプラはミモザの子供を出産し、ミモザと結婚した。が、ミモザは暗黒十字で精神を操られた後遺症から心身の不調をきたすようになり、20代半ばでこの世を去ることになった。その後、シングルマザーとしてその一人息子を育て、36歳で別の男性と再婚したが、夫婦関係がうまくいかず2年後に離婚。そして数年間はほそぼそと生活していたが、アヴィオールが亡くなる半年前、全ての力を使い果たしたかのように寝込みがちになり、流行病にかかってあっという間に亡くなった。

 ミモザ以外の3人の今際の時に、カノープスは立ち会った。咳き込むアヴィオールには、「アルセフィナと結婚させてくれてありがとう」と手をとって感謝された。アルセフィナには、「兄さん、こんな私をお世話してくれてありがとう」と笑顔で感謝された。思えば、幼い頃からこの妹を世話してきた。大変だったけど、そのおかげで天牢庵に縁ができ、紫微垣になれた。それを思うと、妹の世話は神の試練というより神の計らいであったように思える。
 そしてミアプラを見舞った時は、「あんたとは最後まで仲良くできなかったわね」と悪態をつかれた。一緒にいた一人息子は慌てたが、カノープスは「俺の前ではいつもこんな感じだ、気にするな」とフォローした。ところがミアプラは横になったまま「次に生まれ変わる時は、あなたと親友でいたいね」と言った。その言葉が最後となったのだ――。
フォマルハウトもカペラももういない。天牢庵や紫微垣のことを知っているのは、カノープス1人となったのだ。

「はあ…」
 と、カノープスは茶屋の縁側に座ってため息をついた。彼は20代半ばに結婚し、子供は4人授かった。その子たちも成長し、3人は巣立って行き、1人がカノープスの跡を継いで茶屋を経営している。
 端から見たらカノープスの人生は成功だろう。ヤングケアラーとして過ごした青少年時代に紫微垣となり、ポラリスを護る使命に邁進してきたのだ。家庭も築き、仕事と家庭を両立させてきた姿は充実したものだった。
 しかし――次世代の紫微垣を探せていないことが、彼の大きな悩みとなっていたのだ。
 天牢庵を解体した後、一子相伝のように後継者を探し続けたのだが、なかなか見つからない。候補者を見つけても、苛烈な修行についていけず、ギブアップする者が後を絶たなかったのだ。2人以上の弟子を取らなかったのは、天牢庵時代の痛ましい経験があったからだが、これだけ見つからないと不安になってきた。
 今、自分は50歳前半。この時代、星の大地における人間の平均寿命は60代と言われる。早ければ自分はあと10年くらいでこの世を去るかもしれない。そうなると、後継者不在のままになる。アルコルと同じ轍は踏むわけにいかない。何とかしなければならない――。
 そんなことをつらつら思いながら夕日を眺めていた。
「お父さん? どうしたの?」
 振り返ると、帰省していた末っ子の娘がいた。
「いや、何でもない」
 カノープスは立ち上がって部屋に向かった。ちなみに、家族には紫微垣の仕事のことは詳しく話さない。職人のように、自分の子供から後継者が出たらよいと思ったこともあったが、4人とも性格穏やかで肉体も強くなく、向いていなかった。早く見つけなければ――。そんな思いは年々強くなっていった。

 その翌年――東の都に滞在した時、カノープスは図書館である古文書を見つけた。ちなみに、天牢庵の図書室・尚書の書物だった。天牢庵は解体したが、書物はそっくり城の図書館に移管したのである。
 その書物には、人間の寿命を2倍延ばす呪法について書かれていた。カノープスは口に手を当てて考え込んだ。寿命を2倍にすれば、今なお見つかっていない次世代の候補者を見つけられるかもしれない。
 ただ――そこには副作用についても書かれていた。この呪法は常人には耐えられるものではなく、もし失敗したら精神崩壊して廃人になるか、最悪死に到るという。
 カノープスはしばらく考えた後――意を決した。
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