Star Shurine Gardian ―星の大地にある秘宝の守護者―
南極寿星の呪法
カノープスは書物をもとに準備を始めた。寿命を2倍にする呪法――南極寿星の呪法を使うことにしたのだ。自分は今、50代前半だ。これ以上年齢を重ねれば体力は落ち、呪法に耐えられる可能性がどんどん低くなる。できればあと10年以内に後継者を見つけたいが、その保証がない。もっとも、呪法を受けて無事でいられる保証もないが、いちかばちか、寿命を延ばす選択に賭けることにしたのだ。
まず夏至の日の夜、最も闇夜の深い時間帯に、南の方に向けて、瞑想する。そして、寿星草と呼ばれる植物を煎じて飲む――。ちなみにこれは毒草だった。そして毒草の苦しみを24時間耐えれば、寿命は2倍になるという。
カノープスは、北辰の祠の前に祭壇を作り、呪法を開始した。そして寿星草を飲んだら「う、ううう……」と胸を押さえた。焼けるような痛みが走る。体が痙攣を起こしているのが分かった。
脳裏に、フォマルハウト、カペラ、ミアプラ、アヴィオール、ミモザの顔が浮かんだ。何だこれ、走馬燈か? さらにアルセフィナと…自らの手で葬った母・マルケブの顔も浮かんだ。
「おふくろ!?」
母親の表情は、どこか申し訳なさそうだ。
気が付くと山の中腹にいた。目の前にはマルケブがいる。その周りに、カペラ、ミアプラ、アヴィオール、ミモザ、アルセフィナも。みんな、あの戦いがあった年齢の姿だった。よく見ると、自分も15歳当時の姿になっている。
何だここは? と思っていると、ミモザが口を開いた。
「ここは煉獄と言う場所だ。地獄ほどひどくないが、天国に直で行くには罪を犯しているって人間が来るんだよ」
かつての候補生たちが、自らの欲望や葛藤と戦っていたのは知っている。死んだ後、それが完全に浄化できていないためにここにいるらしい。
「…おふくろ、あんたは地獄に行っていると思っていたぜ」
カノープスがマルケブに目を向けた。するとマルケブが言った。
「実はね、私は最初、地獄に堕ちたのよ」
「え?」
マルケブは語り始めた。死の直後は地獄に真っ逆さまに堕ち、冷たい岩に閉じ込められた挙げ句に体を砕かれるという罰を受け続けた。地獄に堕ちた者はこの罰を100万年受けなければならないが、30年で免除される方法があるという。それが、30年間神に祈り続けることだった。
「罰を受けていた時は痛かったけど、祈り続ける方が苦痛だったわ。だけどね」
マルケブはカノープスをふわっと抱きしめた。
「あなたとアルセフィナに会って謝りたくて、祈り続けたの。どうにか免除されて、地獄より優しい煉獄に来られたのよ」
そんな刑罰のシステムになっていたとは……。ちなみに、フォマルハウトの元妻であるシャウラなどは、今なお地獄で罰を受けているという。あの女、未だに身勝手なことをしているんだろうな。
マルケブはカノープスを抱きしめたまま言った。
「あなたには苦労をかけたわね。本当にだめな母親でごめんなさい。死んでから地獄で罰を受けて罪を償ってきたの。どれだけおろかな人生だったか、よく分かったわ」
目頭が熱くなる。久しぶりに…いや、初めて、母と息子らしくなれた気がしたのだ。
「カノープス、あなたは紫微垣としてよくがんばった。もう終わりにしていいのよ。後継者はきっと誰かが引き継いでくれるから」
同時刻――北辰の祠に盗賊が忍び寄っていた。人数は20人ほど。いつものカノープスであれば難なく蹴散らせる。が、今日に限って、南極寿星の呪法を行っているのだ。
盗賊たちは一斉に山道を駆け上がってきたが、その先に――のたうち回っているカノープスがいた。
「なんだあのおっさんは?」
分からないが、ほっといていいだろう。そう言いながら、盗賊たちは祠からポラリスを奪おうと手を伸ばした。
煉獄にいるみんなが口々に言った。
「もういいよ、カノープス。ここまでよくやった。あとは残された人たちに任せようよ」
言われてみれば――ヤングケアラーとしての少年期を経て紫微垣の候補生となり、血みどろの戦いをくぐり抜けた。正式に紫微垣になってからは、ポラリスを守る使命と後継者探しに明け暮れ、ついにこの50歳を過ぎてしまった。
ここらでもう、休んでもいいのではないか…みんな、そう言ってねぎらってくれているようだった。しかし――カノープスは強靱な意志でそれをはねつけた。
俺はまだ、みんなのところには行けない――俺と同じ人間を作り出さないために!
そこから先は無意識の行動だった。カノープスは七星剣をつかむと、その場にいた盗賊20人余りに、突然攻撃を仕掛けた。
「二の秘剣・螺旋昴!」
数人が吹っ飛び、一の秘剣・魚釣り星で数人を、三の秘剣・三連突きで残りの3人を吹き飛ばした。
気が付くと、体を大の字にして寝ていた。薬を飲む前に比べ、月が東の空側に傾いている。ということは…。
「丸1日たったのか……」
さらに、祠の周りには気を失った盗賊たちが寝転がっていた。無意識のうちに戦い、撃退したようだ。
成功した。カノープスは2倍の寿命を手に入れた。その後、妻や子が先に霊界に旅立つことになるのだが、悲しみを振り払い、「後継者を見つける」という使命に邁進していくことになる。
自身のようなヤングケアラーや、不幸な者を増やさないために――。
これにて三代目紫微垣・カノープスの話はおしまい。次回から、四代目紫微垣・アルクトゥルスの物語が始まります。
まず夏至の日の夜、最も闇夜の深い時間帯に、南の方に向けて、瞑想する。そして、寿星草と呼ばれる植物を煎じて飲む――。ちなみにこれは毒草だった。そして毒草の苦しみを24時間耐えれば、寿命は2倍になるという。
カノープスは、北辰の祠の前に祭壇を作り、呪法を開始した。そして寿星草を飲んだら「う、ううう……」と胸を押さえた。焼けるような痛みが走る。体が痙攣を起こしているのが分かった。
脳裏に、フォマルハウト、カペラ、ミアプラ、アヴィオール、ミモザの顔が浮かんだ。何だこれ、走馬燈か? さらにアルセフィナと…自らの手で葬った母・マルケブの顔も浮かんだ。
「おふくろ!?」
母親の表情は、どこか申し訳なさそうだ。
気が付くと山の中腹にいた。目の前にはマルケブがいる。その周りに、カペラ、ミアプラ、アヴィオール、ミモザ、アルセフィナも。みんな、あの戦いがあった年齢の姿だった。よく見ると、自分も15歳当時の姿になっている。
何だここは? と思っていると、ミモザが口を開いた。
「ここは煉獄と言う場所だ。地獄ほどひどくないが、天国に直で行くには罪を犯しているって人間が来るんだよ」
かつての候補生たちが、自らの欲望や葛藤と戦っていたのは知っている。死んだ後、それが完全に浄化できていないためにここにいるらしい。
「…おふくろ、あんたは地獄に行っていると思っていたぜ」
カノープスがマルケブに目を向けた。するとマルケブが言った。
「実はね、私は最初、地獄に堕ちたのよ」
「え?」
マルケブは語り始めた。死の直後は地獄に真っ逆さまに堕ち、冷たい岩に閉じ込められた挙げ句に体を砕かれるという罰を受け続けた。地獄に堕ちた者はこの罰を100万年受けなければならないが、30年で免除される方法があるという。それが、30年間神に祈り続けることだった。
「罰を受けていた時は痛かったけど、祈り続ける方が苦痛だったわ。だけどね」
マルケブはカノープスをふわっと抱きしめた。
「あなたとアルセフィナに会って謝りたくて、祈り続けたの。どうにか免除されて、地獄より優しい煉獄に来られたのよ」
そんな刑罰のシステムになっていたとは……。ちなみに、フォマルハウトの元妻であるシャウラなどは、今なお地獄で罰を受けているという。あの女、未だに身勝手なことをしているんだろうな。
マルケブはカノープスを抱きしめたまま言った。
「あなたには苦労をかけたわね。本当にだめな母親でごめんなさい。死んでから地獄で罰を受けて罪を償ってきたの。どれだけおろかな人生だったか、よく分かったわ」
目頭が熱くなる。久しぶりに…いや、初めて、母と息子らしくなれた気がしたのだ。
「カノープス、あなたは紫微垣としてよくがんばった。もう終わりにしていいのよ。後継者はきっと誰かが引き継いでくれるから」
同時刻――北辰の祠に盗賊が忍び寄っていた。人数は20人ほど。いつものカノープスであれば難なく蹴散らせる。が、今日に限って、南極寿星の呪法を行っているのだ。
盗賊たちは一斉に山道を駆け上がってきたが、その先に――のたうち回っているカノープスがいた。
「なんだあのおっさんは?」
分からないが、ほっといていいだろう。そう言いながら、盗賊たちは祠からポラリスを奪おうと手を伸ばした。
煉獄にいるみんなが口々に言った。
「もういいよ、カノープス。ここまでよくやった。あとは残された人たちに任せようよ」
言われてみれば――ヤングケアラーとしての少年期を経て紫微垣の候補生となり、血みどろの戦いをくぐり抜けた。正式に紫微垣になってからは、ポラリスを守る使命と後継者探しに明け暮れ、ついにこの50歳を過ぎてしまった。
ここらでもう、休んでもいいのではないか…みんな、そう言ってねぎらってくれているようだった。しかし――カノープスは強靱な意志でそれをはねつけた。
俺はまだ、みんなのところには行けない――俺と同じ人間を作り出さないために!
そこから先は無意識の行動だった。カノープスは七星剣をつかむと、その場にいた盗賊20人余りに、突然攻撃を仕掛けた。
「二の秘剣・螺旋昴!」
数人が吹っ飛び、一の秘剣・魚釣り星で数人を、三の秘剣・三連突きで残りの3人を吹き飛ばした。
気が付くと、体を大の字にして寝ていた。薬を飲む前に比べ、月が東の空側に傾いている。ということは…。
「丸1日たったのか……」
さらに、祠の周りには気を失った盗賊たちが寝転がっていた。無意識のうちに戦い、撃退したようだ。
成功した。カノープスは2倍の寿命を手に入れた。その後、妻や子が先に霊界に旅立つことになるのだが、悲しみを振り払い、「後継者を見つける」という使命に邁進していくことになる。
自身のようなヤングケアラーや、不幸な者を増やさないために――。
これにて三代目紫微垣・カノープスの話はおしまい。次回から、四代目紫微垣・アルクトゥルスの物語が始まります。