Star Shurine Gardian ―星の大地にある秘宝の守護者―
誓い
地面に落ちた食べ物をむさぼる子供たち――それを見てポルックスは気付いた。
「こいつら…もしかしたら貧民街から来たのか!?」
北の町の西側に、治安の悪い集落がある。一人親の家庭や孤児が集まって住んでいて、経済的に貧しくて食う物にも困っているという。そこの少年たちが結託してポラリスを奪いに来たのか?
少年たちは食べ終わると、再び三羽ガラスを見た。食事で満足していない。やはりポラリスを狙っているのだろう。
すると、アルクトゥルスが前に進み出て言った。
「君らは食べる物にも困るほど、困窮しているんだな。だが、ポラリスを狙うのはやめろ。あの水晶を台座から外すと恐ろしいことが起きる。君たちもただではすまないぞ」
その言葉に、盗賊の1人が激しく反論した。
「お前らなんかに分かるか!! 今俺たちは既に生きることさえ苦しいんだ!! 恐ろしいことが起きたってかまうか!!」
何てことだ。完全に自分たちのことしか見えていない。貧しさが、少年たちの心をここまで濁らせてしまったのだろうか。
「昨日は俺の妹が死んだ、その1週間前は幼なじみが飢え死にした! 死体を葬ることもできず、野ざらしになっている! なのに、お前らは何もしてくれない!!」
アルクトゥルスは胸が締め付けられた。紫微垣の使命はポラリスを狙う賊を退けることである。貧しさに苦しむ者を助けることはできない。
しかし、アルクトゥルスは意を決した。
「理由はどうあれ、これ以上ポラリスに近づけることはできない。今すぐ立ち去れ。さもなければ……」
アルクトゥルスは上に向けて七星剣を放った。竜巻状の剣閃が、高木の枝をたたき落とした。二の秘剣・螺旋昴である。
「迎撃するまでだ」
その言葉で、少年たちが一斉に飛びかかってきた。秘剣での威嚇も効かないほど、追い詰められていたのだ。アルクトゥルスは目をつむり、秘剣を次々に繰り出した。
地面を蹴って突進してくる者は一の秘剣・魚釣り星で、ハイジャンプして飛びかかってくる者は二の秘剣・螺旋昴で迎撃する。防衛戦を突破した者が2、3人いたが、六の秘剣・釣り鐘星で追撃し、武器のナイフは四の秘剣・破十字で破壊した。
結局、20人が戦闘不能になるまで一分とかからなかった。
「これが…紫微垣の力」
カストルもポルックスも、木陰にいたレグルスとデネボラも呆然とした。紫微垣が戦うところを初めて見たが、これほどとは――。
「う……」
「殺してはいない。無益な殺生は禁じられているからな。体が動く間にここから去れ」
アルクトゥルスは少年たちに言い放った。が、少年の1人が立ち上がり、にらみながら反論した。
「どのみち生きながらえたって、ろくな人生じゃないさ……みんな!!」
すると、少年たちが全員起き上がった。ただ、立ち上がる者はほとんどいない。相当なダメージを受けているのだろう。
「いいか、みんな」
「ああ」
アルクトゥルスが不審に思った瞬間、少年たちは懐から小さい粒を取り出し、口に入れて飲み込んだ。すると、口から血を吹き出して倒れた。
「なっ!」
「おい、どうしたんだ!!」
ポルックスとカストルが少年たちに駆け寄る。が、白目をむいて痙攣していたと思うと、すぐに動かなくなった。
「…死んでいる」
「ええ!?」
デネボラが悲鳴を上げる。すぐにレグルスが飛び出し、その遺体を見た。
「…強力な毒薬を飲んだんだ。ポラリスが盗めなかった時は、はじめから自殺するつもりだったのか」
20人の少年の遺体――まだ声変わりもしていない彼らは、もうあどけない声を出すこともできない。
突然の出来事に、5人は呆然とするしかなかった。
その後、三羽ガラスは岩屋に戻って一眠りすることにした。しかし、凄惨な出来事を見た直後だったからあまり寝付けなかった。
翌朝――と言ってもほぼ昼頃だったが、3人で役場に向かった。昨夜の事件を報告に来たのである。が、既に役場の方では事件を把握しており、現場検証も行われているという。
「君たちの担任の先生が伝えてくれたんだ」
ああ、レグルス先生か。きっとデネボラのことは隠して、事件の一部始終を伝えたのだろう。
「君が紫微垣かい? 大変だったね、ご苦労様」
役人がねぎらいの言葉をかけてくれたものの、何となく気が晴れない。紫微垣として初めての任務を終えたのに……。
三羽ガラスは役場を出て、カノープスの所に向かった。師匠にも報告しなければならない。
「紫微垣って、思ったより無力だよな」
アルクトゥルスがポツリと言った。
「何だよ、アルク?」
カストルが顔をのぞき込んでくる。
「賊は撃退できても、賊にならないよう予防まではできない」
「いちいち気にするな。お前の使命はそれじゃないだろう」
ポルックスが冷静に、しかし慰めるように言った。
「歴代の紫微垣だって、ポラリスの守護と奪還が使命だったんだろう? お前が気に病むことはない」
「そうだぜ、アルク。1人で抱え込むことじゃない。仕方なかったんだよ」
ポルックスもカストルも優しい言葉をかけてくれる。だが、このままじゃいけない気がする。
「2人とも、聞いてくれるか?」
アルクトゥルスは友人たちに向かって言った。
「俺はこれから、今までの紫微垣としての使命だけでなく、ああいう子供たちを出さないようにする仕事もしようと思う。お前らとはこれからも長い付き合いになると思うけど、いつか一緒にやってくれるか?」
するとカストルが笑顔で言った。
「もちろんだ! 俺は来年、警備兵になるけど、あんなガキどもを殴りたくはないからな」
ポルックスもうなずく。
「賊にならないよう未然に防ぐのが最も合理的だ」
「ありがとう」
アルクトゥルスが右手を差し出すと、カストルが握手し、その上にポルックスが手を置いた。アルクトゥルスは後日、この時の誓いを「三羽ガラスの誓い」として、日記に記したのである。
さて、カノープスのいる茶屋に到着した。時刻は正午を過ぎたばかりで、店の方はにぎわっている。店の娘さんに聞くと、カノープスは家の裏でござを敷いて寝ているという。
「師匠、戻りました」
アルクトゥルスたちが背中を向けているカノープスに声をかける。起きたのか……ん? 師匠の体が震えているみたいだ。おそらく、昨夜の事件は耳に入っているのだろう。それを聞いて涙を流しているのかもしれない。
「師匠、俺は子供たちを助けられなかっ……」
ところが――振り返ったカノープスの顔は真っ赤になっていた。次の瞬間に髪の毛は怒りで逆立ち、手には――手槍に変形した七星剣を持っていた。
「聞いたぞ、アルクトゥルス…」
「カ、カノープス師匠!?」
「げげ!!」
「ひっ!」
カノープスは飛び上がると、穂先を構えた。アルクトゥルスだけでなく、カストルとポルックスも顔面蒼白となる。
「わしのメシを…地べたにぶちまけるとはどういう料簡だ、コルアアア!!!」
「しまった! このじいさん、メシを粗末にしたら鬼の如く恐ろしくなるのを忘れていた!!」とカストルが叫んだ瞬間、カノープスは手槍を構えて憤怒の形相で突進してきた。
「断じて許さんぞおおおおおおおおお!!!!!」
アルクトゥルスが「すみませんすみません! わざとじゃないんです!! 作戦上仕方なく…!」と弁明しながら3人は逃げ惑うが、カノープスは「ぬああああ!!」という叫び声をあげてどこまでも追いかけてくる。店の方では客が「何だ、どうした!?」と騒ぎ、娘さんが「いつものことです、気にしないでください」とにこやかに対応した。
結局、カノープスの怒りが治まったのは日が沈んでからだった。
真摯に誓いを立てた最後の夏は、カノープスに追い立てられるというオチで終わるのであった――。
それから数カ月後、4人は学舎を卒業した。卒業式の日、三羽ガラスとデネボラは一緒に校舎を出た。前にカストルとポルックス、後ろにアルクトゥルスとデネボラである。
「いよいよ働くのかあ、しっかりやらねえとな」
「お前は周りの人間に人一倍心配されているからな。心していけよ」
いつものカストルとポルックスの会話も、学舎で聞けるのは最後である。舞い散る桜吹雪が、皆の門出を祝福しているかのようだ。
アルクトゥルスはふとデネボラを見た。ピンク色に染まった頬と赤く美しい唇に見とれていると、長い髪が桜吹雪に吹かれてきれいになびく。彼女と毎日会えるのも、これで最後か。想いは届かなかったけど、会えてよかった――。
するとデネボラがアルクトゥルスに言った。
「アルク、紫微垣の使命がんばってね。私たちが想像もできないようなことだから何もできないけど…応援しているわ」
「ありがとう」
その一言で充分だった。4人はそれぞれの帰路に着き、未来に向かって歩き始めた。
そして、4年の月日が流れた――。
「こいつら…もしかしたら貧民街から来たのか!?」
北の町の西側に、治安の悪い集落がある。一人親の家庭や孤児が集まって住んでいて、経済的に貧しくて食う物にも困っているという。そこの少年たちが結託してポラリスを奪いに来たのか?
少年たちは食べ終わると、再び三羽ガラスを見た。食事で満足していない。やはりポラリスを狙っているのだろう。
すると、アルクトゥルスが前に進み出て言った。
「君らは食べる物にも困るほど、困窮しているんだな。だが、ポラリスを狙うのはやめろ。あの水晶を台座から外すと恐ろしいことが起きる。君たちもただではすまないぞ」
その言葉に、盗賊の1人が激しく反論した。
「お前らなんかに分かるか!! 今俺たちは既に生きることさえ苦しいんだ!! 恐ろしいことが起きたってかまうか!!」
何てことだ。完全に自分たちのことしか見えていない。貧しさが、少年たちの心をここまで濁らせてしまったのだろうか。
「昨日は俺の妹が死んだ、その1週間前は幼なじみが飢え死にした! 死体を葬ることもできず、野ざらしになっている! なのに、お前らは何もしてくれない!!」
アルクトゥルスは胸が締め付けられた。紫微垣の使命はポラリスを狙う賊を退けることである。貧しさに苦しむ者を助けることはできない。
しかし、アルクトゥルスは意を決した。
「理由はどうあれ、これ以上ポラリスに近づけることはできない。今すぐ立ち去れ。さもなければ……」
アルクトゥルスは上に向けて七星剣を放った。竜巻状の剣閃が、高木の枝をたたき落とした。二の秘剣・螺旋昴である。
「迎撃するまでだ」
その言葉で、少年たちが一斉に飛びかかってきた。秘剣での威嚇も効かないほど、追い詰められていたのだ。アルクトゥルスは目をつむり、秘剣を次々に繰り出した。
地面を蹴って突進してくる者は一の秘剣・魚釣り星で、ハイジャンプして飛びかかってくる者は二の秘剣・螺旋昴で迎撃する。防衛戦を突破した者が2、3人いたが、六の秘剣・釣り鐘星で追撃し、武器のナイフは四の秘剣・破十字で破壊した。
結局、20人が戦闘不能になるまで一分とかからなかった。
「これが…紫微垣の力」
カストルもポルックスも、木陰にいたレグルスとデネボラも呆然とした。紫微垣が戦うところを初めて見たが、これほどとは――。
「う……」
「殺してはいない。無益な殺生は禁じられているからな。体が動く間にここから去れ」
アルクトゥルスは少年たちに言い放った。が、少年の1人が立ち上がり、にらみながら反論した。
「どのみち生きながらえたって、ろくな人生じゃないさ……みんな!!」
すると、少年たちが全員起き上がった。ただ、立ち上がる者はほとんどいない。相当なダメージを受けているのだろう。
「いいか、みんな」
「ああ」
アルクトゥルスが不審に思った瞬間、少年たちは懐から小さい粒を取り出し、口に入れて飲み込んだ。すると、口から血を吹き出して倒れた。
「なっ!」
「おい、どうしたんだ!!」
ポルックスとカストルが少年たちに駆け寄る。が、白目をむいて痙攣していたと思うと、すぐに動かなくなった。
「…死んでいる」
「ええ!?」
デネボラが悲鳴を上げる。すぐにレグルスが飛び出し、その遺体を見た。
「…強力な毒薬を飲んだんだ。ポラリスが盗めなかった時は、はじめから自殺するつもりだったのか」
20人の少年の遺体――まだ声変わりもしていない彼らは、もうあどけない声を出すこともできない。
突然の出来事に、5人は呆然とするしかなかった。
その後、三羽ガラスは岩屋に戻って一眠りすることにした。しかし、凄惨な出来事を見た直後だったからあまり寝付けなかった。
翌朝――と言ってもほぼ昼頃だったが、3人で役場に向かった。昨夜の事件を報告に来たのである。が、既に役場の方では事件を把握しており、現場検証も行われているという。
「君たちの担任の先生が伝えてくれたんだ」
ああ、レグルス先生か。きっとデネボラのことは隠して、事件の一部始終を伝えたのだろう。
「君が紫微垣かい? 大変だったね、ご苦労様」
役人がねぎらいの言葉をかけてくれたものの、何となく気が晴れない。紫微垣として初めての任務を終えたのに……。
三羽ガラスは役場を出て、カノープスの所に向かった。師匠にも報告しなければならない。
「紫微垣って、思ったより無力だよな」
アルクトゥルスがポツリと言った。
「何だよ、アルク?」
カストルが顔をのぞき込んでくる。
「賊は撃退できても、賊にならないよう予防まではできない」
「いちいち気にするな。お前の使命はそれじゃないだろう」
ポルックスが冷静に、しかし慰めるように言った。
「歴代の紫微垣だって、ポラリスの守護と奪還が使命だったんだろう? お前が気に病むことはない」
「そうだぜ、アルク。1人で抱え込むことじゃない。仕方なかったんだよ」
ポルックスもカストルも優しい言葉をかけてくれる。だが、このままじゃいけない気がする。
「2人とも、聞いてくれるか?」
アルクトゥルスは友人たちに向かって言った。
「俺はこれから、今までの紫微垣としての使命だけでなく、ああいう子供たちを出さないようにする仕事もしようと思う。お前らとはこれからも長い付き合いになると思うけど、いつか一緒にやってくれるか?」
するとカストルが笑顔で言った。
「もちろんだ! 俺は来年、警備兵になるけど、あんなガキどもを殴りたくはないからな」
ポルックスもうなずく。
「賊にならないよう未然に防ぐのが最も合理的だ」
「ありがとう」
アルクトゥルスが右手を差し出すと、カストルが握手し、その上にポルックスが手を置いた。アルクトゥルスは後日、この時の誓いを「三羽ガラスの誓い」として、日記に記したのである。
さて、カノープスのいる茶屋に到着した。時刻は正午を過ぎたばかりで、店の方はにぎわっている。店の娘さんに聞くと、カノープスは家の裏でござを敷いて寝ているという。
「師匠、戻りました」
アルクトゥルスたちが背中を向けているカノープスに声をかける。起きたのか……ん? 師匠の体が震えているみたいだ。おそらく、昨夜の事件は耳に入っているのだろう。それを聞いて涙を流しているのかもしれない。
「師匠、俺は子供たちを助けられなかっ……」
ところが――振り返ったカノープスの顔は真っ赤になっていた。次の瞬間に髪の毛は怒りで逆立ち、手には――手槍に変形した七星剣を持っていた。
「聞いたぞ、アルクトゥルス…」
「カ、カノープス師匠!?」
「げげ!!」
「ひっ!」
カノープスは飛び上がると、穂先を構えた。アルクトゥルスだけでなく、カストルとポルックスも顔面蒼白となる。
「わしのメシを…地べたにぶちまけるとはどういう料簡だ、コルアアア!!!」
「しまった! このじいさん、メシを粗末にしたら鬼の如く恐ろしくなるのを忘れていた!!」とカストルが叫んだ瞬間、カノープスは手槍を構えて憤怒の形相で突進してきた。
「断じて許さんぞおおおおおおおおお!!!!!」
アルクトゥルスが「すみませんすみません! わざとじゃないんです!! 作戦上仕方なく…!」と弁明しながら3人は逃げ惑うが、カノープスは「ぬああああ!!」という叫び声をあげてどこまでも追いかけてくる。店の方では客が「何だ、どうした!?」と騒ぎ、娘さんが「いつものことです、気にしないでください」とにこやかに対応した。
結局、カノープスの怒りが治まったのは日が沈んでからだった。
真摯に誓いを立てた最後の夏は、カノープスに追い立てられるというオチで終わるのであった――。
それから数カ月後、4人は学舎を卒業した。卒業式の日、三羽ガラスとデネボラは一緒に校舎を出た。前にカストルとポルックス、後ろにアルクトゥルスとデネボラである。
「いよいよ働くのかあ、しっかりやらねえとな」
「お前は周りの人間に人一倍心配されているからな。心していけよ」
いつものカストルとポルックスの会話も、学舎で聞けるのは最後である。舞い散る桜吹雪が、皆の門出を祝福しているかのようだ。
アルクトゥルスはふとデネボラを見た。ピンク色に染まった頬と赤く美しい唇に見とれていると、長い髪が桜吹雪に吹かれてきれいになびく。彼女と毎日会えるのも、これで最後か。想いは届かなかったけど、会えてよかった――。
するとデネボラがアルクトゥルスに言った。
「アルク、紫微垣の使命がんばってね。私たちが想像もできないようなことだから何もできないけど…応援しているわ」
「ありがとう」
その一言で充分だった。4人はそれぞれの帰路に着き、未来に向かって歩き始めた。
そして、4年の月日が流れた――。