Star Shurine Gardian ―星の大地にある秘宝の守護者―
レグルスとデネボラ
卒業後、レグルスとデネボラの仲は公認のものとなった。レグルスは教師として将来を有望視され、デネボラは結婚を見据えて花嫁修行をし始めた。2年後には結婚しよう――そう誓って、お互いに努力を続けていたのだ。しかし――。
「教師をやめる!?」
2年後、レグルスの部屋で彼の決意を聞かされてデネボラは激しく動揺した。
「どうしてよ!? 職を失ってどうやって生きていくの!? 何か当てがあるの!?」
「聞いてくれ、デネボラ。今の学舎は貧しい子供たちを救えないんだ」
レグルスは語り始めた。彼が受け持つクラスには、家でろくに食事をしていない生徒がいる。話を聞こうとしても目が虚ろで、気力を感じられない。それで、学年主任に相談してみたが、「正直、個々の家庭にまで踏み込むのは教師としては難しいぞ」と言われた。現実の世界では、学校の担任が子供の異変を感じたら児童相談所などに連絡し、公共機関で監視することがある。しかし、星の大地ではそのような機関はない。
そしてある日、訃報を知らされた。その生徒が登校せず、「休みか?」と思っていた矢先、休み時間に「大変だ!」と学年主任が職員室に駆け込んできた。
「あの生徒が、親に殺されたらしい!!」
職員室がざわめいた。警備兵の話では、その生徒はシングルマザーの家庭で、母親は数年前から酒浸りになっていたようだ。子供には食事をろくに与えず、夜は外に出てどこかの男と密会していた。そしてその前の日、生徒が何か物を落としたために耳障りな音で発狂し、包丁で子供を刺してしまった。しかも1回ではなく、10回ほどだったという。生徒は血まみれでのたうちまわり、やがて息絶えたという。
「…これが現実だよ。俺は教師なのに…無力だ。三羽ガラスがあの盗賊団を撃退した時も何もできず、子供たちが自殺するのを指をくわえて見るしかできなかった…」
「でも、あの時はどうしようもなくて…!」
「分かっている! だからこそ、もう1人も子供を死なせないと自分に誓ったんだ! それなのに……」
レグルスは泣いていた。それを見たデネボラは腕を伸ばし、優しく彼の肩を包む。
「デネボラ、一緒に来てくれるか?」
「え、どこへ?」
不安そうに聞くデネボラに、レグルスは答えた。
「西の村だよ」
その翌日、レグルスは学舎に辞表を出したのだ。
1週間後、2人は西の村――無法者が集うあの村に来た。正直、デネボラは先行きが見通せない不安が消えなかったが、レグルスと人生を共にすると決めた以上、ついていくしかなかった。
レグルスはこの西の村で私的な学舎を作ろうとしたようだ。村の家々を回り、7歳から15歳の子供がいれば、学舎に来るよう勧誘した。が、結局1人も来なかった。無法地帯である西の村は、金と力がものを言う社会である。学力があったところで何の役にも立たないと思われていたのだ。
「…レグルス先生って、そんな直情型だったのか?」
ここまでの話を聞き、ポルックスが唖然とした表情で言った。確かに、教育への情熱は人一倍強かった。が、デネボラの話を聞く限りでは、ただの無鉄砲としか思えない。
「俺は分かる気がするな。安定した生活を捨ててでも世を変えたいと奔走する。まさに勇者だぜ。俺も仕事中に悲惨なニュースを聞くと、見回りをほっぽり出して…」
「お前は少し黙っていろ。話が脱線する」
カストルの言葉をポルックスがどつきながら遮った。ボケとツッコミを絵に描いたようなコンビは、デネボラの心を少し安心させたようだ。
「続けてくれるか、デネボラ?」
アルクトゥルスに促され、デネボラは話を続けた。
私塾を開いても誰も来ない。普通ならここでやけ酒でも起こしてしまうだろうが、レグルスは違った。西の村の支配の仕組みを見抜いた。それが魔剣・コラプサーであった。
当時、コラプサーは持ち主を失ったばかりで天狼の祠に納められていた。レグルスはそれを引き抜いたのだ。
そして再び家々を回り、「子供を学舎に通わせろ。さもなくば殺す」と脅した。すると、村の住人たちはこぞって子供を差し出した。皆、食べるのも必死だったため、口減らしと勘違いして出した者もいた。しかし、レグルスは集まった子供たちをていねいに世話した。勉強を教え、護身用の武術も指導したのだ。
「そんなことができるなんて…」
アルクトゥルスは感嘆の声でつぶやいた。
「どういうことだ? アルク」
カストルが首をかしげると、アルクトゥルスは説明した。カノープスに聞いたのだが、魔剣・コラプサーは人間の欲望に強く反応する。欲の深い者が持ち主として選ばれ、その邪悪な欲望を満たすために使われるのだ。カノープスの時代の記録に、その凄惨な記述が載っている。
「しかし、レグルスは子供を集める時だけに使い、実際には誰も殺さなかった。よほど強い精神力がなければできないのだろう」
そんなわけでレグルスの学舎はだいぶ活気づいてきた。が、デネボラとの夫婦生活がおざなりになり、彼女は村で孤独となった。その不満をレグルスにぶつけたある日――。
バシイッ
と叩かれたのだ。
「――っ!!」
「今、大事なところなんだ! 私塾が成功すれば、不幸な子供たちは減るんだ! なぜそれが分からない!!」
教師だったころから敬愛し、想いを寄せてきた男から殴られたことは、デネボラの心に傷を残した。それ以来、何か気にくわないことやいらだつことがあったら、レグルスはデネボラに当たり散らすようになった。「こんなメシで、俺がまともに働けるか!」となじられては殴られ、「今日は保護者と言い合いしてムカムカしているんだ!」と言われて蹴られる――そんな日々が2カ月続いた時、彼女はある暗い決意をした。
「教師をやめる!?」
2年後、レグルスの部屋で彼の決意を聞かされてデネボラは激しく動揺した。
「どうしてよ!? 職を失ってどうやって生きていくの!? 何か当てがあるの!?」
「聞いてくれ、デネボラ。今の学舎は貧しい子供たちを救えないんだ」
レグルスは語り始めた。彼が受け持つクラスには、家でろくに食事をしていない生徒がいる。話を聞こうとしても目が虚ろで、気力を感じられない。それで、学年主任に相談してみたが、「正直、個々の家庭にまで踏み込むのは教師としては難しいぞ」と言われた。現実の世界では、学校の担任が子供の異変を感じたら児童相談所などに連絡し、公共機関で監視することがある。しかし、星の大地ではそのような機関はない。
そしてある日、訃報を知らされた。その生徒が登校せず、「休みか?」と思っていた矢先、休み時間に「大変だ!」と学年主任が職員室に駆け込んできた。
「あの生徒が、親に殺されたらしい!!」
職員室がざわめいた。警備兵の話では、その生徒はシングルマザーの家庭で、母親は数年前から酒浸りになっていたようだ。子供には食事をろくに与えず、夜は外に出てどこかの男と密会していた。そしてその前の日、生徒が何か物を落としたために耳障りな音で発狂し、包丁で子供を刺してしまった。しかも1回ではなく、10回ほどだったという。生徒は血まみれでのたうちまわり、やがて息絶えたという。
「…これが現実だよ。俺は教師なのに…無力だ。三羽ガラスがあの盗賊団を撃退した時も何もできず、子供たちが自殺するのを指をくわえて見るしかできなかった…」
「でも、あの時はどうしようもなくて…!」
「分かっている! だからこそ、もう1人も子供を死なせないと自分に誓ったんだ! それなのに……」
レグルスは泣いていた。それを見たデネボラは腕を伸ばし、優しく彼の肩を包む。
「デネボラ、一緒に来てくれるか?」
「え、どこへ?」
不安そうに聞くデネボラに、レグルスは答えた。
「西の村だよ」
その翌日、レグルスは学舎に辞表を出したのだ。
1週間後、2人は西の村――無法者が集うあの村に来た。正直、デネボラは先行きが見通せない不安が消えなかったが、レグルスと人生を共にすると決めた以上、ついていくしかなかった。
レグルスはこの西の村で私的な学舎を作ろうとしたようだ。村の家々を回り、7歳から15歳の子供がいれば、学舎に来るよう勧誘した。が、結局1人も来なかった。無法地帯である西の村は、金と力がものを言う社会である。学力があったところで何の役にも立たないと思われていたのだ。
「…レグルス先生って、そんな直情型だったのか?」
ここまでの話を聞き、ポルックスが唖然とした表情で言った。確かに、教育への情熱は人一倍強かった。が、デネボラの話を聞く限りでは、ただの無鉄砲としか思えない。
「俺は分かる気がするな。安定した生活を捨ててでも世を変えたいと奔走する。まさに勇者だぜ。俺も仕事中に悲惨なニュースを聞くと、見回りをほっぽり出して…」
「お前は少し黙っていろ。話が脱線する」
カストルの言葉をポルックスがどつきながら遮った。ボケとツッコミを絵に描いたようなコンビは、デネボラの心を少し安心させたようだ。
「続けてくれるか、デネボラ?」
アルクトゥルスに促され、デネボラは話を続けた。
私塾を開いても誰も来ない。普通ならここでやけ酒でも起こしてしまうだろうが、レグルスは違った。西の村の支配の仕組みを見抜いた。それが魔剣・コラプサーであった。
当時、コラプサーは持ち主を失ったばかりで天狼の祠に納められていた。レグルスはそれを引き抜いたのだ。
そして再び家々を回り、「子供を学舎に通わせろ。さもなくば殺す」と脅した。すると、村の住人たちはこぞって子供を差し出した。皆、食べるのも必死だったため、口減らしと勘違いして出した者もいた。しかし、レグルスは集まった子供たちをていねいに世話した。勉強を教え、護身用の武術も指導したのだ。
「そんなことができるなんて…」
アルクトゥルスは感嘆の声でつぶやいた。
「どういうことだ? アルク」
カストルが首をかしげると、アルクトゥルスは説明した。カノープスに聞いたのだが、魔剣・コラプサーは人間の欲望に強く反応する。欲の深い者が持ち主として選ばれ、その邪悪な欲望を満たすために使われるのだ。カノープスの時代の記録に、その凄惨な記述が載っている。
「しかし、レグルスは子供を集める時だけに使い、実際には誰も殺さなかった。よほど強い精神力がなければできないのだろう」
そんなわけでレグルスの学舎はだいぶ活気づいてきた。が、デネボラとの夫婦生活がおざなりになり、彼女は村で孤独となった。その不満をレグルスにぶつけたある日――。
バシイッ
と叩かれたのだ。
「――っ!!」
「今、大事なところなんだ! 私塾が成功すれば、不幸な子供たちは減るんだ! なぜそれが分からない!!」
教師だったころから敬愛し、想いを寄せてきた男から殴られたことは、デネボラの心に傷を残した。それ以来、何か気にくわないことやいらだつことがあったら、レグルスはデネボラに当たり散らすようになった。「こんなメシで、俺がまともに働けるか!」となじられては殴られ、「今日は保護者と言い合いしてムカムカしているんだ!」と言われて蹴られる――そんな日々が2カ月続いた時、彼女はある暗い決意をした。