Star Shurine Gardian ―星の大地にある秘宝の守護者―
一夜を①
ある日、デネボラはレグルスが寝静まったのを見計らって逃げ出した。ただ逃げるだけではなかった。レグルスが私塾を軌道に乗せるために使った魔剣を奪い去ったのだ。
「………」
三羽ガラスは耳を疑った。女性1人で西の村を脱走? しかも魔剣・コラプサーを奪って?
「その後は這々(ほうほう)の体で北の町に逃げてきたの」
しかし逃げてきた時、頼ろうとしていた両親が事故で他界していた。身内を失ったデネボラは貧民街に身を寄せ、そこで略奪をするようになった。
「…ちょっと待てよデネボラ。コラプサーはどうしたんだ?」
「あるわよ、そこに」
デネボラが指さす方を見ると、彼女の家の戸が開いていた。そしてそこには、白骨を彷彿とさせる鞘の剣が置いてある。刀身は太く、まがまがしい雰囲気を放っている。
「し、しかし、コラプサーは持ち主の邪悪な欲望を叶えるために働くのだろう? 君はそんなに邪悪な欲望を持っているのか?」
「分からないわ」
デネボラが不敵に笑った。その笑顔は美しいながらもまがまがしく、妖艶だった。
「ただね…私、レグルスから虐待を受けたから、心が折れてしまったの。そういう心の持ち主が選ばれた場合、ちょっと勝手が違うみたいよ」
そういえば、デネボラの雰囲気が4年前と違うのはそのせいか?
(精神疾患か……)
アルクトゥルスはピンときた。パートナーから虐待を受けた者は、心を病んでしまうことが多いらしい。暴力や暴言でうつ病を患うことことが典型である。
「大丈夫よ。私は無関係な人を傷つけたりしないから。狙うのはレグルスだけよ」
その言葉を聞いてアルクトゥルスはハッとした。彼女はレグルスを殺すつもりなのだ。そしておそらく、自分も死のうとしているのではないか――?
いずれにしても放っておくわけにはいかない事態となった。
「ところでデネボラ、君はまだここにいるのか?」
ポルックスが尋ねる。かつての同級生が貧民街で孤独に暮らすなど、放っておくのも忍びないのだ。するとデネボラの顔から妖艶な笑みが失せ、不安そうな表情になった。
「ここにいたいわけじゃないけど…でも、他に行き場所がないし」
「じゃあ、アルクの庵に行けよ! こいつ1人で暮らしているし、そこそこ広いから不便はないぜ!」
カストルの提案に、当のアルクトゥルスが目をむく。
「おまっ、何勝手なこと言っているんだ! だいたい、妻でもない女性を同居させられるか!」
しかも、かつて好きだった女性である。事情が事情なだけに何とかしたい気持ちはあるが、さすがに難しいと思った。ところが、ポルックスが真面目な顔を向け、「それしかないな」とカストルに賛同してきたのだ。
「ポルックス!?」
「カストルは警備兵の独身寮で暮らしている。僕も親きょうだいと同居していて、説明するのに骨が折れる。アルクトゥルスは一人暮らしで気兼ねすることがないだろう」
「じゃ、決まりな」
アルクトゥルスは何か反論しようとしたのだが
「ありがとう、アルク。ごめんね、面倒かけちゃうけど」
と、デネボラのきれいな瞳に見つめられると、もはや断る気は起きなかった。
4人は貧民街を出ると、カストルは役場の独身寮へ、ポルックスは自宅へ、アルクトゥルスとデネボラは岩屋の庵に帰った。庵に入るとデネボラは
「懐かしい、4年ぶりよね。あの夏、初めてここに入ったのよね」
と、嬉しそうな顔をする。先ほどまで虚ろな表情をしていたのが嘘のようだ。彼女は、持ってきた魔剣・コラプサーを部屋の隅に置いた。まさか、師匠を苦しめたこの魔剣と一緒になるとは…あまり近寄らんでおこう。まあ、この剣を監視していると思えば都合はいいか。
「…アルク、早速お願いがあるんだけど」
デネボラが気持ち顔を赤らめる。何だ?
「…着替えたいの。できればお風呂も入らせてくれる?」
これは迂闊だった。あの貧民街では風呂も毎日は入れない。服だって新調することも難しいはずだ。
「あ、ああ、いいよ」
アルクトゥルスは少しうろたえながら風呂を沸かし始める。30分ほどで少しぬるいくらいに温まってきた。夏場だから熱湯にすることはないので、早く入ってもらおう。
「着替え、こんなのしかないけど……」
たんすから長めのシャツを取り出す。男物だが、女性が着れば膝くらいまでの寝間着になるだろう。
「ありがと…」
シャツを受け取ると、デネボラは突然服を脱いだ。
「ちょ、デネボラ!?」
慌てて目を背ける。
「あ、ごめん、1人でいる時のくせが…」
と言いつつも恥ずかしがらない。
「レグルスとあんなことがあってから、心も折れちゃって…裸を見られても何とも思えなくなっちゃったの。はしたなくてごめんね」
全裸になると「じゃあ、先に入らせてもらうわね」と、風呂場に行ってしまった。
アルクトゥルスは庵の中で1人、あの夏のことを思い出していた。
4年――長いようで短い時間だ。子供の頃は大人になるなんてもっと先のことだと思っていたが、学舎を卒業してからは早かった。今年19歳になり、来年は20歳の節目を迎える。この4年で皆変わったのだ。特に変わったのがデネボラだった。相思相愛となったはずのレグルスと人生を共にできなかった。あの失恋が無駄になった――と言うのは変だが、真剣に彼女の幸福を願っていたのに、それが叶わなかったのだ。
「お待たせ、アルク」
デネボラが風呂場から出てきた。その姿を見て、アルクトゥルスは固まった。シャツは膝くらいまで覆えるか――と思ったが、なぜか太ももの上ほどまでしかない。え、自分はシャツのサイズを間違えたか? おまけに上下の下着はボロボロになっていたらしく、今は着けていないようだ。つまり、彼女は裸にシャツ一枚をまとっているだけである。
「思ったより丈が足りなかったけど…ま、いいか。借りているし、ぜいたくは言えないもんね」
風呂からあがったばかりのデネボラは頬がうっすらと赤みがかり、髪も濡れている。湯気をまとう姿がなんとも艶めかしかった。
理性を保ちつつもアルクトゥルスは「じゃ、俺も入るから」と慌てて風呂場に向かい、湯に浸かった。
「………」
三羽ガラスは耳を疑った。女性1人で西の村を脱走? しかも魔剣・コラプサーを奪って?
「その後は這々(ほうほう)の体で北の町に逃げてきたの」
しかし逃げてきた時、頼ろうとしていた両親が事故で他界していた。身内を失ったデネボラは貧民街に身を寄せ、そこで略奪をするようになった。
「…ちょっと待てよデネボラ。コラプサーはどうしたんだ?」
「あるわよ、そこに」
デネボラが指さす方を見ると、彼女の家の戸が開いていた。そしてそこには、白骨を彷彿とさせる鞘の剣が置いてある。刀身は太く、まがまがしい雰囲気を放っている。
「し、しかし、コラプサーは持ち主の邪悪な欲望を叶えるために働くのだろう? 君はそんなに邪悪な欲望を持っているのか?」
「分からないわ」
デネボラが不敵に笑った。その笑顔は美しいながらもまがまがしく、妖艶だった。
「ただね…私、レグルスから虐待を受けたから、心が折れてしまったの。そういう心の持ち主が選ばれた場合、ちょっと勝手が違うみたいよ」
そういえば、デネボラの雰囲気が4年前と違うのはそのせいか?
(精神疾患か……)
アルクトゥルスはピンときた。パートナーから虐待を受けた者は、心を病んでしまうことが多いらしい。暴力や暴言でうつ病を患うことことが典型である。
「大丈夫よ。私は無関係な人を傷つけたりしないから。狙うのはレグルスだけよ」
その言葉を聞いてアルクトゥルスはハッとした。彼女はレグルスを殺すつもりなのだ。そしておそらく、自分も死のうとしているのではないか――?
いずれにしても放っておくわけにはいかない事態となった。
「ところでデネボラ、君はまだここにいるのか?」
ポルックスが尋ねる。かつての同級生が貧民街で孤独に暮らすなど、放っておくのも忍びないのだ。するとデネボラの顔から妖艶な笑みが失せ、不安そうな表情になった。
「ここにいたいわけじゃないけど…でも、他に行き場所がないし」
「じゃあ、アルクの庵に行けよ! こいつ1人で暮らしているし、そこそこ広いから不便はないぜ!」
カストルの提案に、当のアルクトゥルスが目をむく。
「おまっ、何勝手なこと言っているんだ! だいたい、妻でもない女性を同居させられるか!」
しかも、かつて好きだった女性である。事情が事情なだけに何とかしたい気持ちはあるが、さすがに難しいと思った。ところが、ポルックスが真面目な顔を向け、「それしかないな」とカストルに賛同してきたのだ。
「ポルックス!?」
「カストルは警備兵の独身寮で暮らしている。僕も親きょうだいと同居していて、説明するのに骨が折れる。アルクトゥルスは一人暮らしで気兼ねすることがないだろう」
「じゃ、決まりな」
アルクトゥルスは何か反論しようとしたのだが
「ありがとう、アルク。ごめんね、面倒かけちゃうけど」
と、デネボラのきれいな瞳に見つめられると、もはや断る気は起きなかった。
4人は貧民街を出ると、カストルは役場の独身寮へ、ポルックスは自宅へ、アルクトゥルスとデネボラは岩屋の庵に帰った。庵に入るとデネボラは
「懐かしい、4年ぶりよね。あの夏、初めてここに入ったのよね」
と、嬉しそうな顔をする。先ほどまで虚ろな表情をしていたのが嘘のようだ。彼女は、持ってきた魔剣・コラプサーを部屋の隅に置いた。まさか、師匠を苦しめたこの魔剣と一緒になるとは…あまり近寄らんでおこう。まあ、この剣を監視していると思えば都合はいいか。
「…アルク、早速お願いがあるんだけど」
デネボラが気持ち顔を赤らめる。何だ?
「…着替えたいの。できればお風呂も入らせてくれる?」
これは迂闊だった。あの貧民街では風呂も毎日は入れない。服だって新調することも難しいはずだ。
「あ、ああ、いいよ」
アルクトゥルスは少しうろたえながら風呂を沸かし始める。30分ほどで少しぬるいくらいに温まってきた。夏場だから熱湯にすることはないので、早く入ってもらおう。
「着替え、こんなのしかないけど……」
たんすから長めのシャツを取り出す。男物だが、女性が着れば膝くらいまでの寝間着になるだろう。
「ありがと…」
シャツを受け取ると、デネボラは突然服を脱いだ。
「ちょ、デネボラ!?」
慌てて目を背ける。
「あ、ごめん、1人でいる時のくせが…」
と言いつつも恥ずかしがらない。
「レグルスとあんなことがあってから、心も折れちゃって…裸を見られても何とも思えなくなっちゃったの。はしたなくてごめんね」
全裸になると「じゃあ、先に入らせてもらうわね」と、風呂場に行ってしまった。
アルクトゥルスは庵の中で1人、あの夏のことを思い出していた。
4年――長いようで短い時間だ。子供の頃は大人になるなんてもっと先のことだと思っていたが、学舎を卒業してからは早かった。今年19歳になり、来年は20歳の節目を迎える。この4年で皆変わったのだ。特に変わったのがデネボラだった。相思相愛となったはずのレグルスと人生を共にできなかった。あの失恋が無駄になった――と言うのは変だが、真剣に彼女の幸福を願っていたのに、それが叶わなかったのだ。
「お待たせ、アルク」
デネボラが風呂場から出てきた。その姿を見て、アルクトゥルスは固まった。シャツは膝くらいまで覆えるか――と思ったが、なぜか太ももの上ほどまでしかない。え、自分はシャツのサイズを間違えたか? おまけに上下の下着はボロボロになっていたらしく、今は着けていないようだ。つまり、彼女は裸にシャツ一枚をまとっているだけである。
「思ったより丈が足りなかったけど…ま、いいか。借りているし、ぜいたくは言えないもんね」
風呂からあがったばかりのデネボラは頬がうっすらと赤みがかり、髪も濡れている。湯気をまとう姿がなんとも艶めかしかった。
理性を保ちつつもアルクトゥルスは「じゃ、俺も入るから」と慌てて風呂場に向かい、湯に浸かった。