Star Shurine Gardian ―星の大地にある秘宝の守護者―
復興に向けて
大海嘯から2カ月がたった。
星の大地のあちらこちらで復興が進んでいる。北の町は平地が海水に浸かってしまったが、津波の高さが1メートル弱だったので、1階部分の泥のかき出しで済む家が多かった。学舎は同じく1階の椅子や机がだめになってしまったが、2階はほぼ無事だった。死者、行方不明者は30人ほど出てしまったが、ミラの母親やスピカの家族は無事だったのだ。
一方、東の都の被害は甚大だった。住宅街も都心部も大市場も海水に飲み込まれたのだ。北側の住民はうまく避難できたようだが、南側にいた人の多くが津波の犠牲になった。
今、その東の都で、シリウスたちは復興支援にあたっている。
津波が流れ込んだ家屋で、泥をかぶった家具の運び出しと泥のかき出しを1時間ほど行う。15分ほど休憩してまた作業を行う――その繰り返しだ。
シリウス含めた男性陣は力仕事を、ミラとスピカは小物を運ぶ仕事だ。小物の中から、一つの鈴が出てきたので、スピカが家主の老婆に「これ、どうします?」と尋ねた。
「ああ、これ夫の形見なの」
「大切なものですね。じゃあ、水で洗ってきますね」
スピカが優しく言うと、老婆は顔に手を当てて泣き始めた。
「おばあさん、大丈夫?」
近くにいたミラも駆け寄ってくる。夫は先の大海嘯で流されてしまい、数日後に遺体が見つかった。もうすぐ結婚40年を迎えるはずだったという
そのやりとりを横目に、シリウスは作業を続けた。多くのものを奪い去った大海嘯――しかしその発端は自分をはじめ人間にあったという事実が、よりやるせない気持ちにさせた。
その日の午後、東側の海岸で新たな遺体が上がった。青い髪の少年だという。
シリウスたちが行ってみると、血の気がなく変わり果てているが、見覚えのある顔だった。
「リゲル……」
ポラリスを盗んだ悪友は、2人ともこの世を去ったのだ。
翌日の午後10時。シリウスたちは昴の祠で行われる慰霊祭に参列した。役人や住民など50人ほどが集まっている。時間になると、役人の1人が叫んだ。
「ただいまより、大海嘯で亡くなられた方のご冥福を祈るため、1分間の黙祷を捧げます」
その場にいた全員が姿勢を正す。
「黙祷――」
役人の合図で目を瞑る。家を壊された人、家族や友人を失った人、さまざまな思いで参加しているはずだ。
――俺がもっとしっかりしていれば……そもそもベテルギウスたちの盗みを最初から止めていれば。
紫微垣の弟子として、友として、津波を止められなかったことが悔やまれる。
やがて黙祷が終わると、役人がお供えしていたまんじゅうを下げて参加者に配った。被災から1カ月の時は、神官の祝詞があったらしい。しかし、こうして略式化されて災害が忘れ去られていくのだろうか……。
そんなことを考えていると男性の罵声が聞こえた。
「お前があいつをしっかり育てないから、こんなことになるんだろうが!!」
「そんな……あの子を亡くして私だって苦しいのに……」
一人の男性が、ある女性を罵っている。男性は40代だろう、真面目そうな顔立ちだが、眉間にしわを寄せて怒鳴っている。女性はうつむいて涙目である。
「あれは…」
シリウスは記憶をたどる。間違いない……。
「ベテルギウスの母親だ」
その言葉にミラとスピカも驚く。
「じゃあ、あの男の人は……」
ベテルギウスの生き別れの父親か。あの様子だと、ベテルギウスがポラリスを盗んだことを知り、その責めとして母親を糾弾しているのだろう。
「まったく、元妻と子供がこんなことをするなぞ、私の進退に響くだろうが……」
以前、ベテルギウスから「父親は世間体を気にする人間」と聞かされた。しかし、今回のことは我慢の限界とばかりに感情を爆発させたのだろう。
「あの小僧は死んで当然だ。罰があたったんだ」
これを聞いた瞬間、シリウスは「そこの人」と男性に声を掛けた。
「ん?」
男性がシリウスに顔を向けた途端、シリウスは間合いを一瞬で詰めてその横面を渾身の力で殴り飛ばした。
グシャッという音を立て、男性が倒れる。
「な、何をするんだ!! 誰だ、お前は!!」
「ポラリスの守護者・紫微垣の候補者、シリウスだ」
その場にいた全員がざわついた。
「ちなみに、あんたの息子の元悪友だ」
シリウスは七星剣を構え、「三の秘剣・三連突き」と叫んで男を突いた。が、その身体は刺さず、背後の木の皮を刺しただけだった。
「あの大海嘯の元々の原因はベテルギウスじゃない、お前だ」
「何…!?」
「お前があいつを虐待したことが、あいつの性格をゆがめた。その結果、自分さえよければいいという人間になってしまったんだよ。本来なら、死んで償うべきはお前だ」
刺すような目で男をにらみつける。その様子を、その場にいた人間たちは見つめている。
シリウスは舌打ちしたい気持ちだった。自身が、最初に悪友2人を止めるべきだったのに、それに気付かず、短期的なものの見方をしてしまったのが悔やまれる。本来なら、あの2人だって、さっきの老婆の夫だって死ぬことはなかったのだ。
自分さえよければいい、自分には関係ない、そんな考えが大人たちにあれば、子供たちはその人生観を正しいと思ってしまう。やがて子供たちが大人になり、次の世代に影響を与えることになる。本来ならそんな悪循環を断ち切るべきではないのか――。
ポラリスを奪うような愚行は、俺の代で止める! それがせめてもの償いだ……。シリウスはそう誓った。
シリウス編(前編) 完
星の大地のあちらこちらで復興が進んでいる。北の町は平地が海水に浸かってしまったが、津波の高さが1メートル弱だったので、1階部分の泥のかき出しで済む家が多かった。学舎は同じく1階の椅子や机がだめになってしまったが、2階はほぼ無事だった。死者、行方不明者は30人ほど出てしまったが、ミラの母親やスピカの家族は無事だったのだ。
一方、東の都の被害は甚大だった。住宅街も都心部も大市場も海水に飲み込まれたのだ。北側の住民はうまく避難できたようだが、南側にいた人の多くが津波の犠牲になった。
今、その東の都で、シリウスたちは復興支援にあたっている。
津波が流れ込んだ家屋で、泥をかぶった家具の運び出しと泥のかき出しを1時間ほど行う。15分ほど休憩してまた作業を行う――その繰り返しだ。
シリウス含めた男性陣は力仕事を、ミラとスピカは小物を運ぶ仕事だ。小物の中から、一つの鈴が出てきたので、スピカが家主の老婆に「これ、どうします?」と尋ねた。
「ああ、これ夫の形見なの」
「大切なものですね。じゃあ、水で洗ってきますね」
スピカが優しく言うと、老婆は顔に手を当てて泣き始めた。
「おばあさん、大丈夫?」
近くにいたミラも駆け寄ってくる。夫は先の大海嘯で流されてしまい、数日後に遺体が見つかった。もうすぐ結婚40年を迎えるはずだったという
そのやりとりを横目に、シリウスは作業を続けた。多くのものを奪い去った大海嘯――しかしその発端は自分をはじめ人間にあったという事実が、よりやるせない気持ちにさせた。
その日の午後、東側の海岸で新たな遺体が上がった。青い髪の少年だという。
シリウスたちが行ってみると、血の気がなく変わり果てているが、見覚えのある顔だった。
「リゲル……」
ポラリスを盗んだ悪友は、2人ともこの世を去ったのだ。
翌日の午後10時。シリウスたちは昴の祠で行われる慰霊祭に参列した。役人や住民など50人ほどが集まっている。時間になると、役人の1人が叫んだ。
「ただいまより、大海嘯で亡くなられた方のご冥福を祈るため、1分間の黙祷を捧げます」
その場にいた全員が姿勢を正す。
「黙祷――」
役人の合図で目を瞑る。家を壊された人、家族や友人を失った人、さまざまな思いで参加しているはずだ。
――俺がもっとしっかりしていれば……そもそもベテルギウスたちの盗みを最初から止めていれば。
紫微垣の弟子として、友として、津波を止められなかったことが悔やまれる。
やがて黙祷が終わると、役人がお供えしていたまんじゅうを下げて参加者に配った。被災から1カ月の時は、神官の祝詞があったらしい。しかし、こうして略式化されて災害が忘れ去られていくのだろうか……。
そんなことを考えていると男性の罵声が聞こえた。
「お前があいつをしっかり育てないから、こんなことになるんだろうが!!」
「そんな……あの子を亡くして私だって苦しいのに……」
一人の男性が、ある女性を罵っている。男性は40代だろう、真面目そうな顔立ちだが、眉間にしわを寄せて怒鳴っている。女性はうつむいて涙目である。
「あれは…」
シリウスは記憶をたどる。間違いない……。
「ベテルギウスの母親だ」
その言葉にミラとスピカも驚く。
「じゃあ、あの男の人は……」
ベテルギウスの生き別れの父親か。あの様子だと、ベテルギウスがポラリスを盗んだことを知り、その責めとして母親を糾弾しているのだろう。
「まったく、元妻と子供がこんなことをするなぞ、私の進退に響くだろうが……」
以前、ベテルギウスから「父親は世間体を気にする人間」と聞かされた。しかし、今回のことは我慢の限界とばかりに感情を爆発させたのだろう。
「あの小僧は死んで当然だ。罰があたったんだ」
これを聞いた瞬間、シリウスは「そこの人」と男性に声を掛けた。
「ん?」
男性がシリウスに顔を向けた途端、シリウスは間合いを一瞬で詰めてその横面を渾身の力で殴り飛ばした。
グシャッという音を立て、男性が倒れる。
「な、何をするんだ!! 誰だ、お前は!!」
「ポラリスの守護者・紫微垣の候補者、シリウスだ」
その場にいた全員がざわついた。
「ちなみに、あんたの息子の元悪友だ」
シリウスは七星剣を構え、「三の秘剣・三連突き」と叫んで男を突いた。が、その身体は刺さず、背後の木の皮を刺しただけだった。
「あの大海嘯の元々の原因はベテルギウスじゃない、お前だ」
「何…!?」
「お前があいつを虐待したことが、あいつの性格をゆがめた。その結果、自分さえよければいいという人間になってしまったんだよ。本来なら、死んで償うべきはお前だ」
刺すような目で男をにらみつける。その様子を、その場にいた人間たちは見つめている。
シリウスは舌打ちしたい気持ちだった。自身が、最初に悪友2人を止めるべきだったのに、それに気付かず、短期的なものの見方をしてしまったのが悔やまれる。本来なら、あの2人だって、さっきの老婆の夫だって死ぬことはなかったのだ。
自分さえよければいい、自分には関係ない、そんな考えが大人たちにあれば、子供たちはその人生観を正しいと思ってしまう。やがて子供たちが大人になり、次の世代に影響を与えることになる。本来ならそんな悪循環を断ち切るべきではないのか――。
ポラリスを奪うような愚行は、俺の代で止める! それがせめてもの償いだ……。シリウスはそう誓った。
シリウス編(前編) 完